ファイナンス 2020年10月号 No.659
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のである*30。大久保や伊藤、山縣、原といった指導者の下に発展していった明治から大正にかけての日本は、欧米列強にならったマキャベリズムを実践する国だった。例えば、日露戦争に勝った日本は、欧米の植民地だったアジアの国々に希望を与えることになり、アジア諸国から留学生が日本に集まってきて植民地からの独立運動を展開したが、山縣はそれを弾圧した。日露戦争後、ロシアからの復讐戦に備えなければならない状況下、アジアに植民地を持っている欧米諸国との協調外交を優先させなければならないとの認識に基づくものであった。それは、先に見た米国のルーズベルト大統領のエピソードにも通じる、マキャベリスト的な対応だったと言えよう。戦前、我が国がそのように行動していた点について、岡崎久彦氏*31は、「帝国主義時代に散々威張り散らしていい目を見てきた日本が、一度戦争に負けたからといって『さあ、皆さん、帝国主義時代は終わりました。これからは、皆、喧嘩しないで仲良くしましょう』というだけでは、身勝手に聞こえよう。まだこれから、自らのエネルギーや欲求不満を対外的に発散させたい国家、民族は、いくらでもあるのである」と述べている。今日、近隣諸国が展開している外交について考える際に、留意しておくべき点であろう。戦後のわが国は、吉田茂や池田勇人、田中角栄、中曽根康弘などの首相の下、戦後復興を実現し、高度成長を実現し、1980年代にはジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるまでの経済大国を創り上げた。経済政策という限りにおいて、戦後のわが国の首相のリーダーシップには、素晴らしいものがあった。しかしながら、それは、マキャベリズムが跋扈する国際関係を、先の戦争の勝者だった米国に任せての平時のリーダーシップであった。激動する世界の中で、米国が世界の警察官であることをやめると宣言*32した今日、日本には新たな対応が求められるようになっている。この点について「我が友マキャベリ」の著者、塩*30) 「恐慌に立ち向かった男 高橋是清」pp346-347。高橋蔵相を辞任に追い込んだのは、検察当局も同調して引き起こされた疑獄事件(帝人事件)であった。*31) 「陸奥宗光とその時代」岡崎久彦、PHP文庫、2003*32) 2015年8月、米国オバマ大統領は、「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」と述べた。*33) 2007年、「『ローマ人の物語』の作者、塩野七生氏が語るリーダー論」。マキャベリは「指導者は地獄に行く道を熟知してこそ、大衆を天国に導くことができる」と述べている。*34) 「山縣有朋の挫折」松元崇、日本経済新聞出版、2015、pp170-174。*35) 「ニコマコス倫理学」アリストテレス、岩波文庫、p93野七生氏は、欧米のリーダーは自分が地獄へ落ちるのを覚悟して国民を天国に導こうとしているのに対して、我が国のリーダーは自分が天国に行こうとばかり考えて国民を地獄へ導いてしまっていると述べている*33。塩野氏の考え方は、戦前の大久保や山縣、原のリーダーシップを良しとするものであろう*34。それは、明治維新期のリーダーには一般的なものであった。昨日まで、公武合体を唱えて幕府を支えていた薩摩藩が、薩長同盟が成立するや、討幕の先頭に立って幕府を倒し、成立したのが明治維新政府だったのである。しかしながら、今日の日本の政治家に、大久保や山縣、原といった明治から大正にかけての指導者が発揮したのと同様のリーダーシップを期待しても難しいと思われる。何故かについては、次回に考察していくこととしたいが、いずれにしても、西欧流のリーダーシップも様々であることを国民が理解することは、我が国において、戦前には失敗した民主主義の下における危機時のリーダーシップを確立していくために必要なことであろう。なお、最近、米国の大統領のリーダーシップには、米国社会の変化を背景として変化が見られるように思われる。現在、リーダーシップの基盤にある大統領選挙の公正性について、現職の大統領が自分が負けた場合に異議を申し立てるのではないかと言われているが、そんなことになっては、米国大統領の「国王のような」リーダーシップもこれまでと同じというわけにはいかないと思われるからである。チャーチル元首相の言葉の原典と思われるアリストテレスは、「ニコマコス倫理学」の中で、「民主制はあしき種類としては最もその程度のはなはだしくないものである。なぜならその国制の本来の體から少しばかり逸脱しているにすぎないのであるから。かくして、もろもろの国制は何よりも以上のごとき仕方で変転する」*35と述べていた。リーダーシップのあり方は、アリストテレスの古代から変転するものととらえられてきたのである。 ファイナンス 2020 Oct.29危機対応と財政(5)SPOT

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