ファイナンス 2020年9月号 No.658
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取引であるがゆえ、スワップ・スプレッドにはカウンター・パーティ・リスクが反映されている可能性もあります。カウンター・パーティ・リスクとは、例えば、読者がある証券会社と金利スワップを結んだ際、その取引の途中でその証券会社がデフォルトしてしまうことにより、その取引が履行されなくなるリスクです。特に金融危機時にはリーマン・ブラザーズが破綻するなどカウンター・パーティ・リスクの問題が現実化しました。もっとも、近年の規制改革の中で、金利スワップについては中央清算機関でのクリアリングがなされるようになり、適切な証拠金を積むなどして、仮に金融機関が倒産したとしても証拠金を受け取ることができるような措置が普及しています*15。その意味ではスワップ・スプレッドにカウンター・パーティ・リスクが含まれていたとしても通常時は非常に小さいと解釈できます。流動性プレミアム金融機関の信用リスク以外にもスワップ・スプレッドに与える要因はあります。例えば、国債金利やスワップ・レートは流動性にも依存するため、流動性の変化によってもスワップ・スプレッドは変動します。特に、国債は多くの投資家に保有されていることに加え、制度的にも流動性を高めるための措置が多数とられていますし、金融危機時には安全資産としての需要が増えます。さらに、例えば担保・決済需要等の関係で利回りと関係なく保有されることもあり*16、実務的には担保としての需要であることから担保玉などとい*15) 例えば、株式会社日本証券クリアリング機構は、2012年10月から円金利スワップの清算を開始しています。*16) 具体的には国の債務管理の在り方に関する懇談会(第47回)議事要旨における「国債市場の現状と国債への投資環境」などをご参照ください。*17) Longstaff(2004)やFeldhütter and Lando(2008)などをご参照ください。*18) 例えば、ペンシルバニア大学のUrban Jermann教授は「Negative swap spreads are challenging for typical asset pricing models as they seem to imply a risk-free arbitrage opportunity」(Jermann 2020)と指摘しています。われます(学術的にはコンビーニエンスなどといわれることもあります)。実証研究でもスワップ・スプレッドと流動性に関係性があることが示されています*17。なお、国債の流動性については服部(2018)で包括的に説明しているため、そちらをご参照ください。4.2 負のスワップ・スプレッド金融危機以降、指摘されている興味深い現象は負のスワップ・スプレッドです。金利スワップがLIBORをインデックスにしている以上、金利スワップには信用リスクが含まれますし、流動性についても国債の方が高い局面が少なくありません。そのため、理屈上はスワップ・レートのほうが日本国債の金利より高くなるはずであり、スワップ・スプレッドはプラスになるはずです。しかし、図5をみるとおり、スワップ・スプレッドが負に推移している局面があります。これは市場に十分な裁定が働いていないことから超過収益が放置されているとみることもできますが、米国でも長期にわたりスワップ・スプレッドが負に推移していることを考えると、なぜ裁定が働かないかを積極的に説明する必要があります。経済学者もこの状況は市場で裁定取引がなされていない可能性を示唆しており、理論的に説明が困難な現象と指摘しています*18。負のスワップ・スプレッドについては未解決な部分が多いですが、ここでは最近ファイナンスのトップ・ジャーナルに掲載された二つの学術研究を紹介します。一つは、Jermann(2020)です。Jermann図5 スワップ・スプレッド(5年、10年、20年)の推移201918171615141312111009080706050403020100-0.4-0.50.50.40.30.20.10-0.2-0.1-0.3(%)5年10年20年(年) ファイナンス 2020 Sep.71シリーズ 日本経済を考える 104連載日本経済を 考える

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