ファイナンス 2020年9月号 No.658
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正を収益化することができます*10。このように、投資家は国債を他の資産との相対価格に常に注目して取引しているため、このロジックを頭に入れることは、国債の入札や市場の売買を理解するうえで極めて重要です。3.2  相対価値戦略:平均回帰性に注目した裁定取引アセット・スワップは国債と金利スワップの裁定取引になりますが、一番の問題はどのように国債とスワップについて割高・割安と判断するかです。現実の世界では、投資家の過去の経験則に基づくこともあれば、非常に精緻なモデルに基づくこともあります。筆者の経験上、国債の入札で典型的に用いられる方法は国債の金利とスワップ・レートのスプレッド(スワップ・スプレッド、α)が平均回帰的な動きをすると解釈するものです。一般的に金融変数そのものは平均回帰的な動きをしなかったとしても、その差分系列やスプレッドが発散的な動きではなく、安定的な動きをすることはよく知られています。アセット・スワップもいわば国債とスワップの金利のスプレッド(相対価格)をみているため、その間に安定的な関係があると想定しても不思議ではありません。このように資産間の価格差や金利差(スプレッド)に注目する戦略を一般的に「相対価値(レラティブ・バリュー)戦略」といいます。例えば、過去数か月のデータを見た場合、その期間の平均的なスワップ・スプレッドに比べ、現在のスワップ・スプレッドが非常に低ければ(高ければ)、スワップに対して国債の金利が相対的に高い(低い)ため、国債の価格が割安(割高)と解釈することも可能です*11。この場合、アセット・スワップを買う(売る)ことでスワップ・スプレッドが平均回帰的な動きをした場合、(現在の割高・割安の水準から平均に戻っていくため)収益を上げることができます。先ほどの10年国債入札の例を思い出すと、読者がスワップ・スプレッドを見た場合、スワップに対して国債が割安だとすれば、(スワップを払いつつ)10年国債を*10) この場合、10年国債をロングしているため、金利が低下することにより、保有している国債の価格が上昇して、キャピタル・ゲインを得ます。一方、10年の金利スワップは払っており、これは国債ショートのポジションですから、スワップ・レートが上昇することでキャピタル・ゲインを得ます。*11) 金利と価格が逆の動きをすることに注意してください。*12) 例えば「30年債入札が堅調 アセットスワップの裁定取引にうまみ」(2019/10/10、日本経済新聞)などが一例です。投資するということに合理性が生まれるわけです(実際の取引では、スワップ・スプレッドのスプレッドに着目することもありますが、詳細はBOX 2を参照してください)。上記のロジックは大変シンプルなものですが、実際、国債の入札の予測や結果の解釈において、対金利スワップの観点で好調・不調が議論されることは非常に多く、その意味で、国債の消化を理解するという観点でいえばその背後でどのようなロジックに基づき割安・割高が議論されているかを理解する必要があります*12。金融機関などのアナリストの分析では典型的には3か月から半年などの期間の平均値を計算し、そこへ回帰することを想定することが多いですが、投資家や政策担当者は、少し引いた目線で「このような期間でスワップ・スプレッドは本当に平均回帰的な動きをするか」ということを考える必要があります。特に大切な点は、仮に過去のデータに基づけば平均回帰的な動きをしていたとしても、突然平均回帰的な動きから乖離することがあることです。筆者にとって印象深いイベントとしては、2008年の金融危機時と2020年3月のコロナ・ショック時のアセット・スワップの特異な動きですが、この点は後述します。3.3 アセット・スワップの金利リスク量アセット・スワップの特徴は、10年国債を買った場合、10年国債が有する金利リスクが発生するところ、金利スワップとセットで購入することで金利リスクを大幅に低下させることができる点です。服部(2020b)で説明した通り、スワップを払うこととは「国債のショート」と類似した取引と解釈できます。そのため、国債をロングする一方で、スワップを払うことは、いわば「国債のロング」+「国債のショート(スワップを払う)」のような投資行為であり、自らの持っている金利リスクを解消することができます。「アセット・スワップを買う」とは、この取引をパッケージで行うことですから、金利リスクを落としながら、国債と金利スワップの間のミスプライスを収益化する行為と解釈することができるのです。このように68 ファイナンス 2020 Sep.連載日本経済を 考える

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