ファイナンス 2020年9月号 No.658
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(1)IRSの活躍 1人1,200ドルの現金給付個人への現金給付として実施された1人当たり1,200ドル(子供は500ドル)の現金給付*5は、日本の国税庁に相当するIRS(内国歳入庁)によって実施されたが、その迅速な執行が世の中を驚かせることとなった。米国においては、所得税を支払う者は原則として確定申告を行い、その際に還付用の銀行口座をIRSに登録している。また、社会保障番号(Social Security Number)が全国民に附番されており、原則すべての口座に紐づけられている。こうした「インフラ」が迅速な給付に最大限活用され、3月27日に法案が成立してからわずか2週間の間に全体で1億5000万件の支払いの内8100万件の振り込みが行われた。また、4月29日までの1カ月の間に銀行振り込みと小切手、デビッドカードの送付を合わせて、1億3000万件の支払いを終えたと公表されている。もちろん、執行のスピードと正確さがトレードオフの関係にあることはたしかであり、7月に米会計検査院から公表された監査レポートによれば、既に亡くなっている人への支払い110万件等を含む過誤給付も多数発生したと指摘されている。また、銀行口座を持たず、インターネットへのアクセスもないような最も脆弱な層に対する給付が後回しとされた、という指摘も見逃してはなるまい。(2) 空前絶後の中小企業対策  給与保護プログラム英語には“build a plane while ying it”という表現があるらしい。「飛ばしながら飛行機を作る」とでも訳すのか、この中小企業(従業員500名以下)を対象とした給与保護のためのプログラム(Paycheck Protection Program:PPP)は、まさにそのような仕組みであった。アイデアとしては、日本おける「日本政策金融公庫」のような政策金融機関を持たない米国において、中小企業の資金繰り支援をどのように行うかという課題への対応である。その仕組みについて大胆であるのは、中小企業に対する事実上の補助金を、民間金融機関を通じて配る、という仕組みになっていることである。具体的には、民間金融機関による融資という形で*5) 年収75,000ドル超の場合、給付額が逓減する仕組みが設けられ、年収99,000ドル以上の場合、給付対象外となる。先に中小企業に対して資金を渡してから、一定の条件(80%以上を給与支払いに充てる等)が満たされたことをもって、その返済を免除し、金融機関に対しては返済免除された額が政府から補填が行われる。また、その規模についても、当初約3500億ドル、後にさらに上積みして総額6500億ドル強という、途方もない規模の中小企業支援措置である。このような前代未聞の仕組みにもかかわらず、法案成立から企業からの申請受付開始まではわずか1週間(3月27日に法案が成立し、4月3日に申請受付開始)。中小企業庁及び財務省から実際に融資を行う金融機関向けの最終規則の公表が行われたのは、申請開始前日の夜という、ギリギリのスタートであった。スタート直後から中小企業の申請は後を絶たず、当初措置された3500億ドルがおよそ2週間で「蒸発」することとなった。前述のように制度の詳細が確定しないままのスタートであったため、所管の中小企業庁・財務省から公表されるFAQはほぼ毎日追加・更新され、制度のファインチューニングがまさに「飛ばしながら飛行機を作る」形で行われた。PPPは手元資金の危機に陥った中小企業にとって命綱となったが、その反面、売り上げの減少等の要件が設けられなかったこと、レストラン・ホテル業界についてはより緩やかな基準が設けられたこと等から、真に資金支援が必要ではないような企業にも支援が行われたのではないかという批判が聞かれた。特に、日本でも展開するハンバーガーチェーン大手の「シェイクシャック」が、PPP支援を受けていたことをマスコミで批判的に報じられたことから支援を返還したり、議員の関係企業が恩恵を受けているといったことがスキャンダラスに報じられたりした。(3) 失業手当への上乗せ措置  就労のディスインセンティブとなるか?5月8日に公表された4月の失業率は14.7%と、戦後最悪の数字となった。公表前に20%というような数字も囁かれていたことに比べると低い数字ではあったが、それでも特にレストランやホテル等、コロナ対策で休業をやむなくされた業界において、かつてない50 ファイナンス 2020 Sep.連載海外 ウォッチャー

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