ファイナンス 2020年9月号 No.658
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なお、この時点(3月15日)で、全米の1日当たり新規感染者数は1,250人と、後にこれが1日数万人のペースとなろうとは、想像もしていなかった。国家非常事態宣言が発せられた会見では、狭い壇上にトランプ大統領を中心にコロナ対策タスクフォースの面々が(マスクなしで)ひしめき合っており、このような光景も今から見れば隔世の感を禁じ得ない。荒れる金融市場 「最後の貸し手」FRBNY株式取引所には、急激な株価の下落が生じた際にパニック売りを抑制するためのサーキットブレーカーと呼ばれる売買停止措置がある。S&P500が前日の終値よりも7%下落した際に、市場全体にわたって15分間、取引が停止される措置である。1987年10月に発生したいわゆる「ブラックマンデー」を教訓として導入された措置(導入当初は基準が10%、2013年に7%へ引下げ)だが、今回のショックが生じるまでは一度も発動されることはなかった。そんなサーキットブレーカーが、3月には、9日・12日・16日・18日と4度にわたって発動されることとなったのであるから、3月の株式市場がどれだけ類を見ない動きであったかがわかる。その結果、ダウ工業平均は、過去最高値を付けていた2月から一転し、3月23日には2017年1月の水準まで落ち込み、トランプ大統領就任以来の3年にわたる上げ相場で積み上げられた株価*3) 金融機関を指す「ウォールストリート」に対して、金融機関以外の企業を「メインストリート」と呼ぶ。*4) ブッシュ(父)政権において、1990年から1993年にかけて、金融機関・国債市場担当の財務次官補及び財務次官を務めた。その後、カーライル・グループのパートナー等を歴任。上昇分が、たった1カ月で全て失われたこととなった。3月にはまた、リスク回避の動きから、CP(コマーシャル・ペーパー(短期社債))をはじめとする短期の資金市場から急速な資金の引上げが生じ、流動性危機が懸念された。FRBは、2回の緊急利下げによって直ちにゼロ金利を導入したほか、2008年の金融危機での経験を踏まえ、矢継ぎ早に市場安定化措置を公表した。例えば、CPの主要な買い手であるMMF(マネーマーケットファンド)に対する資金供給ファシリティが18日深夜11時半に公表されるなど、昼夜を問わず、市場を落ち着かせるための対策が次々と発表された。FRBは、2008年の金融危機時に実行した措置だけにとどまらず、さらに流動性の懸念がある分野について、これまでに行ったことのない仕組みを1カ月足らずの短期間で提案した。今回新たに導入された措置としては、ジャンク債を含む社債や地方債の買い入れ措置、民間金融機関を通じた中規模企業(メインストリート*3)向けの融資プログラム等、FRBとしてはかつてないリスクテイクを行うものであった。なお、米国ではFRBがこういった流動性供給措置を導入する際には、連邦準備法第13条3項で要件が定められており、財務長官による承認が必要とされている。また、リスクの高い資産の買い入れによって中央銀行のバランスシートが棄損することがないよう、後に述べる経済対策において連邦政府からこれらファシリティに対して4540億ドルという巨額の出資が行われることとなった。後の報道によると、この時期、パウエル議長とムニューシン財務長官はほぼ毎日、一日に最低5回、時には30回も電話会談を重ねたという。また、パウエル議長は前任のイエレン議長やその前のバーナンキ議長と異なり、経済のアカデミアの出身ではなく、法曹界及び政策実務(財務省次官も経験)の出身*4であったため、その経験が政府・議会との迅速・緊密な調整に生きたという指摘もある。実際にこうしたファシリティが稼働し始めるのはほとんどが4月以降(あるいは、執筆時点でも実際にはほとんど稼働していないファシリティもある)となっ◇ 3月13日のホワイトハウスにおける記者会見(出所)White house ickr48 ファイナンス 2020 Sep.連載海外 ウォッチャー

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