ファイナンス 2020年9月号 No.658
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評者渡部 晶樋口 耕太郎 著沖縄から貧困が なくならない本当の理由光文社新書 2020年6月 定価 本体900円+税沖縄における貧困問題は根が深い。昨年11月23日・24日に那覇で開催された第22回日本乳幼児精神保健学会全国学術集会沖縄大会(童わらびどぅ宝~社会で支える親子の成長)に、門外漢ながら参加する機会を得た。元沖縄県職員で子どもの貧困問題に長年取り組み、最近「誰がこの子らを救うのか 沖縄―虐待と貧困の現場から」(2020年 沖縄タイムス)を世に問うた山内優子氏や、関係者必携の「子どものための精神医学」(2017年 医学書院)の著者で、学習院大学定年退官後、沖縄で臨床をはじめた滝川一廣医師の講演などから、沖縄における貧困が、子どもの成長に大きな影響を与えていることを再認識させられ、問題の深刻さをあらためて噛みしめた。そのような中での自治体の保健師の現場での奮闘ぶりには頭が下がった。著者の樋口耕太郎氏は、沖縄の貧困問題を洞察する本書について、「随分以前から私が肌で感じていたものを、ようやく言語化することができました。愛(の欠如)がいかに社会に影響を及ぼすか、という視点でまとめたものです」という。樋口氏が那覇市松山の飲食店で16年にわたり、延べ3万人の人たちと行った2万時間の「心の会話」から導き出した仮説を提示するというユニークなものとなっている。かなり以前のものになるが、沖縄出身者の秀逸な沖縄論に、「沖縄の県民象 ウチナンチュとは何か」(沖縄地域科学研究所編 ひるぎ社 1985年)がある。ここでは、沖縄における最大の情報メディアは「何と言っても“対話”」だとの指摘がある。そして、知人同士の会話では「目先の変わった記事を求めるということは本来の目的ではなく、同じセンテンスの微妙なニュアンスや言葉の裏に含まれた意味を知ろうとする、いわゆる深読みが主たる方法にならざるを得ない。すなわち、沖縄でのお互いの会話は、読書に例えればいわゆる精読なのである。しかし、ヒトの人生とは他者にとっては本質的に重苦しいものであるから、その会話は、できればそうした部分に直截に触れないように通常進められる。‥(中略)‥ヤマトンチュの側からは、“要するに…”にあたる分がつかめない」というのだ。樋口氏は、このような難しさを「心の会話」という斬新な方法で乗り越えることができた。樋口氏は、1965年生れで、岩手県盛岡市出身である。1989年筑波大学比較文化学類を卒業、野村證券に入社。米国での勤務に加え、ニューヨーク大学経営学修士課程を修了するなど、金融分野で研さんを積んできた。2001年に、不動産トレーディング会社のレーサムリサーチへ移籍し、2004年に沖縄のサンマリーナホテルを取得、愛を経営理念とする独特の手法で再生したが、再建手法をめぐり、東京本社と対立し、解雇されたという。この解雇前後に、離婚を経験。家族をはじめそれまで持っていたものをすべて失った(第5章で詳述)。その後、2006年に、事業再生を専業とするトリニティを設立し、代表取締役社長となった。2012年には、沖縄大学人文学部国際コミュニケーション学科准教授を兼務しているほか、沖縄経済同友会常任幹事も務める。本書については、その一部を構成する論考が地元紙沖縄タイムスのウエッブに2016年から2018年にかけて掲載されたが、発売直後から沖縄の書店の売り上げランキングの最上位に入り、たいへん大きな反響を呼び、何度も増刷されている。「根源的な問題は、沖縄の中にこそ、ある。」との著者の主張が沖縄で真剣に受け止められているのではないかと思う。本書の構成は、「はじめに 沖縄は、見かけとはまったく違う社会である」、「第1章 『オリオン買収』は何を意味するのか」、「第2章 人間関係の経済」、「第3章 沖縄は貧困に支えられている」、「第4章 自分を愛せないウチナーンチュ」、「第5章 キャンドルサービス」、「おわりに これからの沖縄の生きる道」などとなっている。このうち、第3章までと「おわりに」で、これまでの沖縄の社会構造を、豊富な実例をあげつつ活写する44 ファイナンス 2020 Sep.FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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