ファイナンス 2020年9月号 No.658
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員は、日常業務を着実にこなして職業人生を終わる。それに対して、高級官僚は、大統領の交代に伴ってワシントン全体で2万人もが入れ替わる。ドイツと異なり、基本的に民間からの登用である。大統領の出身地からというケースも多く、カーター大統領の時には、ジョージア・マフィアと呼ばれ、レーガン大統領の時には、カリフォルニア・マフィアと呼ばれていた。それは、大統領が変われば、経済界、学界、マスコミ界から多様な人材がワシントン入りして新大統領を支えるシステムである。入れ替わった高級官僚は元の世界に戻っていくが、ワシントンにいたということで箔が付き、より高給を得ることになる。ワシントン時代の薄給を、それで補うとされている。それは、「回転ドア」と呼ばれる米国流の天下りシステムである。学会からの人材が大統領のリーダーシップを支えている背景には、米国では多くの大学が政権入りした場合の、あるいは現政権を支えるための政策を研究していることがある*36。中西輝政京都大学教授(「日本の『敵』」、文春文庫、2003)によれば、「1986-7年、私がアメリカの大学*37にいたときに、連邦政府の大きな調査プロジェクトが進行していました。国防総省が発注して、アメリカの錚錚たる戦略家がトップにいて何百人という専門家を動員した大プロジェクトでした。その体制で実は冷戦終結後の世界戦略を議論していたのです。(中略)多くの小委員会が設けられ、ある委員会では、(中略)民族紛争の激化という冷戦後の世界像を研究していた。あるいは別の、国際政治学者が過半数を占める分科会では、「知的所有権」を冷戦後の経済世界戦略の中軸にすえるべきだ、ということを「技術覇権」という言葉を使って熱心に議論していたことが私の印象に残っている。なぜ国際政治のグループで「知的所有権」なのか、最初は首をひねりました。(中略)経済グローバリズムの裏面にある「国家」が前面に出た瞬間を垣間見た思いがしました」と回想している。主要閣僚には経済界出身者が多いことから、米国の*36) 筆者がスタンフォード大学に留学していた時にも、ニクソン政権の財務長官を務めたジョージ・シュルツがビジネス・スクールの特別教授で、後にジョージ・ブッシュ大統領の経済諮問委員会委員長になるマイケル・ボスキンが経済学部教授をしており、それぞれの講義を聴講した。*37) スタンフォード大学客員研究員*38) この背景にあるのが、米国流のジャーナリズムを育てる仕組みであろう。竹中平蔵、桜井よしこ氏(「立ち上がれ日本」PHP研究所、2001)によれば、「アメリカには、メディア・ウォッチをする会社が20くらいあります。これらは全て非営利団体で、報道した記者の実名を挙げながら、厳しい批評をしています。(中略)アメリカには、このようにして心あるジャーナリズムを育てていく仕組みが機能しています」というのである。*39) 嶋田(2020)p181。わが国でも、戦前、原敬の時代などに選挙によるわけではないが同様の仕組み(猟官制:スポイルズ・システム)が行われた。なお、米国では猟官による腐敗の問題を受け、1883年のペンドルトン法によて、執行部門には資格任用制が導入された。*40) 嶋田(2020)p182。回転ドアと言えば、ウォール・ストリートからという印象が強いが、実はマスコミから政権入りするケースも珍しくない。野上浩太郎氏(「政治記者」中公新書、1999)によると、「もうひとつ不思議に思ったのは、『ニューヨーク・タイムズ』で外交・国防記事を書きまくっていたエリート記者が突然、国務省の軍縮・軍備管理局長に抜擢されたり、国防総省で核兵器に「関係」する仕事をしていた人物が政権交代と同時に『ボストン・グローブ』紙の記者になって核問題で特ダネを書いたりするケースだった。(中略)こうした「政府との人事交流」には日本より寛容であることが不思議だった」という*38。このような回転ドアシステムの背後には、米国における、欧州の君主制と結びついた職業官吏制への不信感がある。選挙などで誰もが政治家や公務員になるというのが米国流の民主主義なのである*39。例えば、多くの州では、検察官や裁判官までもが選挙で選ばれる。先の大戦末期の大統領だったトルーマンは、元々、高卒の銀行員だったが、カウンティ―・ジャッジャ(検察官)に立候補して当選したのが政治キャリアの始まりであった。民主党のバイデン候補が副大統領候補としたカマラ・ハリス氏も、2003年の選挙でサンフランシスコの地方検事に当選して頭角を現してきた人物である。検察官や裁判官が選挙で選ばれるというのは、わが国の感覚では違和感があるが、西部劇の保安官を考えてみれば理解しやすい。年に1度は巡回の職業裁判官が回ってくるとはいえ、西部の開拓地において、日ごろの治安維持は、住民が選んだ保安官が担っていたのである。我が国の憲法第15条第1項が「公務員を選定し、およびこれを罷免することは、国民固有の権利である」としているのは、このような米国流の仕組みに起源があると考えられる。なお、一般の公務員の人事は、欧州諸国と同様に空席があれば公募されるというものである*40。36 ファイナンス 2020 Sep.SPOT

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