ファイナンス 2020年9月号 No.658
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院などに就職し、官僚団*19の中でも特にグラン・コール(大官僚団)*20と呼ばれる官僚団に属することになる。また、これに該当しない者でも、就職するポストは、中央官庁の中間管理職や県の副知事(採用レベルの下の人が到達する最高官職よりも高い官職)で、その際、官庁側に拒否権はない。一度は他省庁への出向が義務づけられているが、その後の異動のサイクルは通常2-3年ごとで、大臣が異動した場合の大臣官房への異動、民間に転出した人の後任補充といった形で散発的に行われている*21。フランスでは、公務員が行政官のまま議員に立候補することが認められている。一度、職種別の官僚団に採用されると、政治家になっても最初に採用された官僚団への復帰が保障されるシステム(de’tachement独特の出向制度)が行われている。出向期間中も年次相応の昇進や昇格がなされ*22、選挙で落選すれば相応のポストに戻ることになる。それは、英国の行政官が時の政権への奉仕者だとすれば、フランスの行政官は自らの選択で時の野党への奉仕者にもなるというシステムである*23。栗原毅氏(「ベルシーの研究―仏大蔵官僚の横顔」)によれば、政策の技術性を必要としている政治家と、政策の政治的正当性を必要としている官僚の補完関係が形成され、「政高官高」が演出されているのである。少し古くなるが、1988年に出版された「ある権力マシーン:国庫局(Une machine de pouvoir, La Direction du Tre’sor:Yves Mamou,La De’couverte、1988)」によると「国庫官僚は(中略)文句の多い人々である。仮に、大臣が進めた方策が彼らの気に入らないと、それをあからさまに知らしめる。『あなたは誤っています』と大臣に言い、大臣に逆らう事が反逆罪にならないのが国庫局の特権の一つである。(中略)この論争はけして政治的な反論の名*19) 官僚団は、A(大学入学資格であるバカロレア取得後に高度の教育を受けている)、B(バカロレア取得者)、C(その他)とに大きく分けられる。かつては900程度の官僚団が存在していたが、フランス政府は2005年以降その統合・廃止に取り組み、2018年時点では299となっている。*20) グラン・コール(大官僚団)は、法的に位置づけられたものではないが、行政系の財務監察団官僚団、国務院官僚団、会計検査院官僚団等のほかに、技術系の鉱業技術者官僚団、橋梁水森林技術者官僚団等がこれに当たるとされている。*21) 2016年以降、本省局長ポストの任用については、外部専門家等を含む聴取委員会の制度が設けられている(嶋田(2020)p177)。*22) 例えば、ミッテラン政権で、首相・農業大臣を務めたロカールは、ENA卒業後財務監察官となったが、1958年には統一社会党の創立に参加し、1968年の選挙を指揮したあと1969年の大統領選挙に立候補(落選)、同年代議士に当選したが、次の選挙で落選すると財務監察団に復職し1978年の選挙で返り咲くまで勤めていた。*23) それは、関西大学の橋本信之教授によれば、「公務員の国家への一体性と忠誠が、一般利益を代表するものとして、特殊利益の代表である政党を超えるとの志向を生んだ」ものとされている(嶋田(2020)p175)。*24) 対外的に上司の能力を批判をするなどのことは、「慎重義務」に反するとして、判例上、認められていない(嶋田(2020)p176)。*25) 我が国では普通に行われる局間異動も、出向又は転籍を除いては基本的に行われていない。*26) 例えば、予算担当部局は、1995年5月には経済財政省、同9月には経済財政計画省、1996年11月には経済財政省に戻って、1997年6月には経済財政産業省に属した。こうした省庁の再編は、法律事項ではなく、各大臣の所掌を定めるデクレ(政令)を制定することで行われている。*27) 内閣ごとに省庁編成の対象とされない外務省の他、経済財務省、内務省などには事務次官職が置かれているが、多くの省庁には事務次官職は置かれていない。前の下で行われてはならない…政治的という言葉は国庫局の語彙から追放されている」というのである*24。フランスにおける公務員の採用は、局ごとに行われているが*25、それはフランスにおける行政単位が省ではなく局だからである。フランスでは、内閣が変わるたびに局を単位とした省庁の再編が行われている*26。そのため、各省庁に恒常的な大臣官房(キャビネ)は存在せず*27、大臣就任の都度、大臣が官房長と補佐官を任命して大臣官房を組織する。それを内閣改造ごとのポリティカル・アポインティーと見れば、米国のポリティカル・アポインティーと同様とも見えるが、民間からの任用でなく官僚団からの任用である点で米国とは全く異なっている。平均的な役所からの退職年齢は35歳程度と若いが、そのような若年での退職を可能にしているのが、フランス版の天下りである。『銀行ないしメーカーにおいて、重要なポストが空いたらすぐさま、適当な経歴を持った候補を2日以内に見つけてくる。」(1997年6月13日付のレ・ゼコー紙)のである。ENAの教育では、理論や原理より実践的であることが重視されている。例えば現役の役人を講師として、EUでいかに合意形成を図るかといったケース・スタディーに基づいて法律解釈や行政文書の作成が教えられる。テレビ局の協力を得て、学生が省庁の官房長などに扮してテレビカメラの前でインタビューを受け、その録画を見ながら対応のしかたを検証するといったことも行われている。企業経営も重視されている。企業会計が教えられるだけでなく、民間企業で12週間の実務研修が行われている。ENAの研修期間は約1年9か月で、学生には在学中から公務員としての給与が支給される。このようなENAについては、2018年の燃料税増税34 ファイナンス 2020 Sep.SPOT

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