ファイナンス 2020年9月号 No.658
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るともされている*11。各省庁横断的な異動(任用)が行われる結果、ある省庁の次官になるのは、他省庁に入省した者というケースも珍しくない。2002年12月現在では、17府省ある中で、大蔵省入省者が次官を務めるのが内閣官房、大蔵省、運輸省の3省、国防省の入省者が次官を務めるのが内閣府、国防省、雇用年金省の3省であった。次官は3年程度務めるのが一般的だが、一人の公務員が複数の省の事務次官を務める場合も見られ、長年務める事務次官の給与は首相の給与に匹敵するほどになるとのことである。なお、英国の行政官には、独仏と異なり、行政官のままで議員に立候補することは許されていない。英国の役人は、時の政権への奉仕者であるが、与党への奉仕者ではない。説明責任を負うのは大臣に対してであり、大臣や副大臣が与野党に対して説明責任を負っている*12。与党議員であっても政権に入っていない限り公務員に影響力を行使することは出来ない。英国の公務員法は、与野党を問わず公務員と国会議員との物理的な接触を禁止している。与野党議員ともに、個別に公務員から政策についてのレクチャーを受けたり、陳情を取り次いだりといったことは行なわれておらず、政府(通常、大臣宛て)に対して行えるのは口頭や書面での議会質問だけである*13。英国の「権力への直言」にも、最近のポピュリズムの影響を受けてのことか、問題が指摘されるようになってきている*14。2009年の行政特別委員会報告書では、大臣が自身の存在を示すことに汲汲となって、役人が振り回されて長期的視点の政策作りや通常の業務に支障をきたしているとの指摘が、2017年の行政憲法問題委員会報告書では、大臣が公務員を公の場で批判しがちになり、公務からは情報が漏れやすくなっているといった指摘が行われている。報道では、上級*11) 「英国におけるエビデンスに基づく政策形成と日本への示唆―エビデンスの「需要」と「供給」に着目した分析―」内山融・小林庸平・田口壮輔・小池孝英、2018、p35*12) 与党議員との意思疎通も、閣僚の仕事である。労働党は、議会開会中、毎週水曜日に閣僚からの報告、一般議員との意見交換の会議を開催している。議会で議論を行うのは議員だけとされており、公務員が議会に呼ばれることもあるが、それは、一般の証人としてである。英国では、米国のように議員以外の民間人が閣僚や補佐官になることは、議会制民主主義にそぐわないとされており、ブレア首相が民間人の政務補佐官を多用したことには、「ダウニング街(首相官邸)のホワイトハウス化」だとして強く批判された。*13) 通常の会期の場合、1年間に口頭質問が5千件程度、書面質問が4万件程度出される。質問のうち1%程度は答弁作成に不釣合いな費用(平均限界費用の8倍を超える場合)がかかるとして答弁拒否されている。*14) 以下の記述は、嶋田(2020)p232-255によっている。*15) 1945年10月9日付政令。*16) 「フランス式エリート育成法―ENA留学記」八幡和郎、中公新書、1984*17) シラク大統領、ジスカール・デスタン大統領、社会党のジョスパン党首、トリシェ・フランス銀行総裁・欧州中央銀行総裁、セリエールMEDEF(日本の経済団体連合会に相当)会長の他、エール・フランス、ルノー、BNPパリバなど主要企業の首脳もENA出身者だった。*18) 嶋田(2020)p176公務員が自らのキャリアへの影響を恐れて大臣による過度な支出の指摘などを避ける傾向があるともされている。そのような中、2016年に改訂された大臣規範には、公務員との関係として「接する全員を思いやりと尊敬をもって扱わなければならない」との記述が加えられた。2018年の行政憲法問題委員会報告書には、大臣は「行政官からの教示に頼っていることもよく認識して、良い関係をつくれる雰囲気作りが大事」だと記述されている。2フランスのリーダーシップを支える 行政府フランスは、デモクラシーでなくエナルシーの国だと言われてきた。政治家や高級官僚などのエリートを育成するENA(国立行政学院)は、1945年、ナチス・ドイツからフランスを解放した臨時政府のドゴール首相によって設立されたものであるが、その設立の直接の目的は、国益を守る指導層を育てることとされた*15。その背景には、エリートを育てることによって、フランスを一等国にしていくとの国民的なコンセンサスが存在していると言われている*16。ENA出身者は絶対君主(モナルク)をもじってエナルクと呼ばれる。保守系、左翼系の政治家だけでなく、経済界首脳の多くもENA出身者である*17。経済界にまでENA出身者が多い背景には、民間企業にも「公益」に貢献するものがあるとされていることがある*18。ENA卒業生は閣僚等の政治家にならない場合にも各省庁の大臣官房(キャビネ)等にポリティカル・アポインティーとして入り、政治を支えている。毎年約100名弱(うち約3分の1が女性)のENA卒業生は、卒業時の成績順に本人の希望するポストに就職する。特に優秀な者は、財務監察団、国務院、会計検査 ファイナンス 2020 Sep.33危機対応と財政(4)SPOT

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