ファイナンス 2020年9月号 No.658
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今回は、政治を支える行政府について見ていくこととする。政治学者の中野実氏によれば、我が国の行政府は、かつて行政府が最も強いとされるフランスに近い形で政治を支えていた*1。それが、今世紀に入るころから政治主導の下にある英国を参考とした改革が行われて今日に至っている。1英国首相のリーダーシップを支える 行政府筆者は、内閣府で官房長、事務次官を務めたが、英国の内閣府は、2001年の中央省庁改革で、内閣府が設置された際に参考とした組織である。英国の公務員は、我が国のような「全体の奉仕者」(日本国憲法15条)ではなく、「時の政権への奉仕者」とされる*2。それが、英国の政治主導の基本にある考え方である。ただ、ここで注意しなければならないのは、「時の政権」は変わり得るということである*3。そこから出てくるのが、「時の政権」へのけん制機能である。選挙に勝った政治家に黙って従うという姿勢は許されないとされ、それは「権力への直言」Truth to Power)と言われている*4。政権に都合が悪いことでも言わなければならない。そして、それを担保するために大臣には人事権がなく、人事は日本でいえば事務の官房副長官と各省庁事務次官によって行われている*5。*1) 「日本の政治力学」中野実、NHKブックス、1993*2) 「英国大蔵省から見た日本」木原誠二、文春新書、2002。「役所は、時の政府の資源(Resource)であり、選挙に勝った政府だけが、この資源を使用することができる」とされている。*3) 英国では伝統的に「女王陛下の奉仕者(Her Majesty’s Civil Service)」と表記している(「政治主導下の官僚の中立性」嶋田博子、2020、p178)*4) 嶋田(2020)p179。*5) それは、政治は「政策協同するからこそ、人事権の行使を控える」という発想に基づいているとされている(嶋田(2020)p180,198-99、227)*6) 平成22年4月28日、衆議院内閣委員会公聴会、稲継裕昭参考人*7) 嶋田(2020)p225、p227-229*8) 嶋田(2020)p228*9) 人事当局主導の人事がないのは、欧米諸国の官庁に共通している(嶋田(2020)p188)。それは、欧米の民間企業にも共通したもので、日本のような終身雇用制がなく人事は現場の判断が主体という人事慣行を背景としている。人事当局の役割は、「人事」という専門職のプロによる、現場からの公募内容のチェック、内外からの応募者の経歴審査といったものに限られている。*10) 嶋田(2020)p243。「どんな専門性やスキルが必要か」をいかに細かく明記したとしても、自由市場ではその通りの人材が適時に得られる保証はないとも言われる(同p246)。英国は、我が国の公務員Ⅰ種試験と同様の上級職試験の仕組み(Fast Stream)を持っており、2018年の採用は、約1400名であった。英国の公務員に求められるのは、主が変わってもそれまでと同じ専門性を持って政策立案が出来る人材である*6。上級職合格者は5年前後で課長補佐レベルまで昇進する。それ以降は、一般採用の課長補佐クラスと区別なく、各省庁横断的に空きポストがある毎に本人が応募して任用が行われている*7。定期異動の慣行はなく、自分が希望しないポストに突然移動させられるようなことはない。ほとんどの職員は、後述のフランスの官僚団を参考にしたグループに入っており、そのグループに属するポストに応募することが基本である。近年は、民間からの登用も多く行われるようになっているが、政策立案にかかわる業務は基本的に内部登用が多い*8。我が国のような人事当局主導の人事が存在せず*9、省庁のニーズと無関係に各人がキャリア形成を行っている結果、特定分野の深い経験・専門性を持つ行政官を見つけることが難しくなっている、職場での計画的な配置に支障が生じているといった問題が指摘されている*10。他方で、例えば、経済分野では、政府エコノミストは省庁横断的な政府経済サービス(Government Economic Service)という集団を形成しており、分析スキルの質を担保する上で大きな役割を果たしてい危機対応と財政(4)政治を支える行政府国家公務員共済組合連合会 理事長 松元 崇32 ファイナンス 2020 Sep.SPOT

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