ファイナンス 2020年8月号 No.657
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私の週末料理日記その397月△日土曜日新々年齢のせいか朝早く目が覚めるようになった。手洗いに立つと、今朝は朝から雨がひどい。散歩に行くのはあきらめ、朝寝を楽しむことにして、もう一度寝床に入ったのだが、これが悪かった。ひどい夢を見た。夢の中で私は出張に行っている。晩に関係者の会食の約束があり、出張中なのになぜかTシャツ・短パン姿の私は、会食の前に着替えのためにホテルに寄る。ところが、ホテルの入り口がわからない。会食の時刻が迫るので、大きなホテルの周りを、小走りで入り口を探し回る。何周も回って、汗だくになってようやくホテルに入るのだが、どうも様子が違う。チェックインした棟とは別の棟なのか。まごついていると、いかにも高級ホテル従業員然とした格調高い制服姿の女性従業員が案内してくれると言う。彼女の後についていくと、エレベーターで昇って降りて、階段を上がったり下りたりしているうちに、いつのまにか大衆旅館風の景色になっている。建て増しを続けた一昔前の温泉旅館のような狭い廊下になり、入り組んだ廊下の果てに、べニア張りのドアがあって、そこが私の部屋だという。振り返った彼女を見るといつのまにか薄汚れたエプロン姿で、ぼさぼさの髪には白髪が目立つ。擦り切れた畳のがらんとした部屋に入るとボストンバッグがある。その中に着替えが入っており、ワイシャツを取り出して着替える。ところが、ワイシャツに着替えたはずなのに何故か古ぼけたアロハシャツ姿だ。慌てて着替えるのだが、次は擦り切れたセーター姿。一層慌てて着替えると、今度は知らない人の名札のついた中学校のトレーニングウエア。次はまたアロハシャツ。…やっとの思いでワイシャツに着替えて、次はズボンと上着と気がせくのだが、これが見つからない。部屋中探して回る。再び汗だくになって、破れ襖を開けて回り、押入れの奥を探すとうっすら埃を被ったスーツが見つかった。あわててスーツを着込んだはずなのだが、年代物の鏡に映っているのは漁師の着るような上下つなぎの雨合羽姿である。雨合羽を脱ごうともがいていると、いつの間にか周囲に、ワイヤレスイヤフォンを耳に突っ込んだ黒スーツ白シャツ黒マスクの若い男が大勢いる。出張の同行者らしいのだが、それにしてはガラが悪い。手伝いもしないで「おじさん、何やってんだよ。早くしろ」「約束の時間過ぎてるぞ。相手さんが待ってるぜ」「そんな服で他人様に会えると思っているのか。偉そうにするんじゃねえよ」とせきたてるものだから、ゴム引きの雨合羽に足がもつれて倒れた。そこで場面が飛んだ。次の場面は、立食パーティーだ。髪を後ろになでつけて顎髭を生やし、妙に派手な服を着た年齢不詳の紳士と、名刺交換しようとしているところだった。名刺入れから名刺を取り出したら今顎髭氏からもらった名刺だ。慌てて次を取り出したらこれまた別の人の名刺。その次もその次もそのまた次も他人様の名刺だ。手帳に名刺が何枚か入れてあったはずと、内ポケットを探るが手帳が出てこない。探っても探っても出てこない。いつの間にか周囲にドレス姿で濃いサングラスとマスクをかけた女性たちがいて、私の方を向いて「あの人呆けてるんじゃない」「名刺もらって自分は出さないなんて失礼よね」「だからじじいは嫌だ」と勝手なことを言っている。ようやく反対側の内ポケットから手帳を取り出すのだが、手帳のカバーに挟んであった名刺が引っ掛かって出てこない。周囲を取り巻く女たちがののしる高声が耳を聾する。ようやくにして出てきた名刺はレストランのハウスカードだ。その下の名刺はセールスマンの顔写真入りの名刺。次は歯医者の診療券。その次にやっと自分の名刺が出てきた70 ファイナンス 2020 Aug.連載私の週末 料理日記

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