ファイナンス 2020年8月号 No.657
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ぐ連立内閣が成立している。この間、イタリアは、比例代表制から始まって、フランス型の多数派プレミアムの制度にもトライしたが、結局、日本と同様の制度に落ち着いたのである。このようなイタリアの変遷からは、フランス型の仕組みにさえすれば、フランス流の民主主義が育つわけではないと言えそうだ。ただ、そう断言するにはイタリアがフランス型の制度を試みた期間はあまりにも短い。なお、日本の市町村(政令指定都市以外)は、自治体の全域が単一選挙区の大選挙区制となっており*23、死票が生じにくいフランスと対極的な仕組みである。4財政責任を担うフランスの地方自治体フランスは、財政健全化に果敢に取り組んでいる国である。リーマン・ショック後の財政赤字に対しては、2012年に富裕税付加税(0.5%)を導入し、2014年には付加価値税の20%への引き上げ、職業訓練助成金の廃止などを行った。マクロン大統領も、2022年までに、財政赤字をGDP比で3%引き下げるとの公約を掲げて政権運営を行ってきているが筆者の見立ては、その背景にあるのが、フランスの地方自治体に見られる厳しい財政責任であり、それがフランス型の草の根からの民主主義を育ててきた。フランス型の仕組みが短期間で終わってしまったイタリアにはそれがなかったというものである。フランスにおいては、3万6000余の市町村を始めとして、州、県等の各地方自治体の議会は、毎年の予算で財源不足が生じるような場合には、住民に増税を求めなければならない*24。その背景にあるのが、単年度課税の原則である。それは、各年度の歳出をその年度の税収で賄うというものである*25。フランスの予算審議では、国でも地方でも、この原則の下、まずは歳*23) 「政治改革再考」待鳥聡史、新潮社、2020、p258*24) 我が国で地方に厳しい財政責任が問われないのは、地方に十分な財源が移譲されていないからだという議論があるが疑問である。今日、ほとんどの地方税について独自の増税が可能となっている。なお、フランスでは、増税により他の自治体よりもより「徴税努力」を多く行った自治体には、国からより多くの交付金が配分されている。*25) 単年度課税の原則は、議員が税を通じて選挙民と結びつくことを担保している原則ともいえる。財政制度等委員会、財政投融資分科会長の富田俊基氏は、その結びつきがないことが、日本の地方自治を「民主主義の学校」ではなく「陳情の学校」にしてしまったと批判している。*26) 地方税の税率を決めるのは地方であるが、課税標準の決定と徴収は国が行っている(ファイナンス、2002・11、各国の財政制度(フランス)参照)。*27) 経常部門と資本部門がそれぞれ収支均衡し適正に借入金の元本償還がなされている状態。*28) 同様の仕組みは、決算についても規定されている。地方公共団体の決算において一定額以上の欠損(経常部門収入の5%以上。人口2万人以下の市町村については10%)が生じた場合には、県地方長官は州会計検査院に対して提訴を行い州会計検査院は提訴から1ヶ月以内に財政均衡回復の為に必要な措置を勧告する。勧告がなされた場合には県地方長官は勧告に沿った予算を決定して執行する。*29) 「租税の必要最小限の法則」は、今日、ほとんど知られていないが、戦前の明治31年には、第3次伊藤内閣が本予算を審議しない特別議会に地租増徴法案を提出したのに対して、自由・進歩両党が、歳出の規模が明らかにならないままの増税は「租税の必要最小限の法則」に反して非立憲的だとして否決している(「歴代首相物語」御厨貴編、新書館、2003)。*30) 自治体の中には、限られた財源の中で歳出をやり繰りして増税を回避しているところもある。なお、わが国でも、戦前はフランスと同様の仕組みの下、地方によって地方税には3-15倍のばらつきがあった(「明治地方制度成立史」亀掛川等、柏書房、1967)。入の議決を行ってから歳出の議決が行われる。とはいえ、フランスでも、国においては、公債発行が恒常化した結果、税収の範囲内で歳出が認められるとの基本の部分が形骸化してしまっている。他方、この原則が厳しく守られているのが地方自治体である*26。県の事例で言えば、県議会で審議される予算には実質的収支均衡*27が義務付けられている。そうでないと認められる場合には、中央政府が任命する県地方長官が、州の会計検査院に県議会に修正議決を要請するようにと申立てる。要請にもかかわらず、1ヶ月以内に県議会が修正議決を行わない場合には、県地方長官が修正した予算を決定して執行するのである*28。それだけ聞くと、何と中央集権的なのかとの印象を受けるが、教育関係費、福祉給付費、県・市町村道管理費等の義務的経費が十分に計上されていない場合には、県地方長官だけでなく、その利害関係者も州会計検査院に対して申し立てが出来ることになっており、必ずしも中央集権的な仕組みというわけではない。そもそも単年度課税の原則は、「租税の必要最小限の法則」*29という財政民主主義の原則を担保するためのものであり、その枠内で、住民に最も近い地方の政治が行われるのは当然というのがフランスの感覚である。そのような仕組みの下、多くの自治体では臨機応変に増税が行われており、地方の税率にはかなりのばらつきがあるのが現状となっている*30。48 ファイナンス 2020 Aug.危機対応と財政(3)SPOT

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