ファイナンス 2020年8月号 No.657
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利益にばかり拘る性格ではないか?などなど、有権者や政治家同士の間でのさまざまなチェックを経た後に初めて、国政の場で、あるいは世界で活躍をしてもらうかどうかを判定すればよい」。行政の新たな試みについても、「個別地方で『実験』可能なことは実行してみればよい。その場合、たった一ヶ所、たった一回の『成否』だけで、すぐには全国に通じる判定をしないように注意しながら、成功と失敗の経験を積み重ねることによる柔軟な行政の実現にも繋がっている」。それが、フランスの草の根から政治家を育てるシステム(実践的な民主主義の学校)というわけである。多数派プレミアムを認めるフランスの選挙制度は、小数派に不利で死票を増やしてしまうという問題を抱えている。しかしながら、フランスでは、むしろ政治をよくするものと認識されている。その理由の一つが、新人発掘効果である*20。わが国のような一回投票制の下においては、候補者「乱立」による共倒れを防ぐために、候補者を事前に「一本化」することが必要となり、それが「新人挑戦抑制効果」を生んでいる。特に多数派の与党から新人が議員として立候補しにくくなっている。それに対して、フランスの二回投票制では、一回目の投票には与党からも野党からも議員定数の枠いっぱいに候補者が立てられるので、そのようなことはないというわけである。フランスでは、政治家の兼職が幅広く認められており、それも新人の政治への挑戦を容易にしている*21。山下氏は、我が国のように、政治家に立候補するだけで、当選するか否か分からないうちに現職を自動的に失うというような潔癖な仕組みではリスクが大きすぎる。結局、親の地盤を引き継ぐか、マスコミの寵児であるか、よほど生活に余裕があるか、寛大な後援者から特別な資金援助があるか、あるいは家族を含めて悲惨な生涯を送ることにも甘んじる悲壮な覚悟をするかというのでない限り、高い志があっても、挑戦すること自体を断念するしかないことになってしまう。政治の世界に、一般国民の生活感覚を持った普通の人が、より多く参面できるようにするためには、立候補のリスクを出来るだけ小さ*20) 多数派の候補者が内部調整不調で「乱立」した結果、少数派の候補者が当選する「漁夫の利」を減少させる効果もあるとされる。*21) 我が国でも、戦前は、フランスと同様に兼職が認められていた。安倍晋三代議士の祖父、安倍寛氏は昭和12年から山口県油谷町長と衆議院議員を兼務していた(週刊新潮2003.10.9)。昭和の金融恐慌時に高橋是清の後継の蔵相となった三土忠造は、明治41年の総選挙に朝鮮総督府の学政参与官を辞して香川県から立候補したが、伊藤博文から「もし落選したとき困るから朝鮮のほうは辞めないで選挙をやり、当選してから辞めていいではないか」といわれた(「大蔵省外史」有竹修二)。*22) 「自公政権とは何か」中北浩爾、ちくま新書、2019くした方がいい。フランスの制度は、政治に意欲のある若い人が「比較的に出やすいコミューンから始めて、県や州、そして国会へ、欧州議会へと、新しい立場に挑戦し、活動範囲を拡大するには好都合。生誕や学歴での『エリート』ではない人が政治家としての階梯を上ることにも活用できる」とのこと。そのような仕組みを土台に、時代の要請に応じて柔軟に変化するフランスの政治が生み出されてきている。ハンガリー移民の2世だったサルコジは、パリ大学在学中にパリ近郊の市の市議会議員になり、28歳で市長、その5年後に国民議会議員に当選し、その後閣僚を歴任しながら2007年の大統領選挙で大統領になっている。わが国では、1回ごとの選挙の死票にばかり注目が集まるが、フランスのような仕組みが、時代の要請にあった政権交代を可能にするとすれば、それは長期的に見て死票を生かす仕組みだということが出来よう。以上が、筆者が、かつて主計局の調査課長時代に取りまとめたレポートに沿った記述であるが、その後、イタリアにおいて興味深い制度の変遷があった*22。イタリアの選挙制度は、かつて、死票が生じない比例代表制であったが、それが不安定な多党制をもたらすとして、1993年に今日の日本と同じような小選挙区比例代表並立制が導入された(4分の3が小選挙区、4分の1が比例代表)。その結果、96年の総選挙以降、中道右派の「自由の極(家)」と中道左派の「オリーブ連合」への二ブロック化が進展した。2005年には、フランス型の「多数派プレミアム付き比例代表制」が導入されて、2008年の総選挙では中道左派の民主党と中道右派の自由国民の二大政党化が観察された。ところが、その後、経済危機と政治腐敗が深刻化する中で、既成政党を批判する五つ星運動が躍進し、政局が流動化し始めた。そのような中、2017年には、1993年に導入されたのと同様の小選挙区比例代表並立制(ただし、小選挙区と比例代表の定数はおおよそ4対6。比例代表制的な性格が強められた)とされ、2018年の総選挙では五つ星運動を最大与党としフィレンツェ大学の法学教授、ジョゼッペ・コンテを首相に担 ファイナンス 2020 Aug.47危機対応と財政(3)SPOT

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