ファイナンス 2020年8月号 No.657
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続きがないため、時として委員会審議において与党会派から多くの修正法案が提出され、その調整が委員会の場に委ねられるからである。本会議の審議では、大臣と委員会の報告者はいつでも発言できるが、一般の委員は予め議長に申し出て発言しなければならない。発言は5分以内とされており、2人以上の反対意見があった後には議長はいつでも討論の終結ができる。予算委員会は、戦前は与野党対決の場とされていたが*15、戦後は政府と与党の調整の場となっている。政府は、あらかじめ数10億円程度の「議会用の枠」を用意しており、調整の結果として政府案の修正が行われる。議会による予算案の増額修正や歳入の減額修正は認められず、年度末までに予算が成立しない場合には政府案がそのまま翌年度の予算となる。3フランスの草の根からの民主主義日本の感覚では、かなり強烈なフランスの「行政府中心主義」が、フランスの国民に受け入れられている背景には、フランス流のエリート主義と、フランス流の草の根からの民主主義が機能していることがある。フランス大統領の経歴は様々で、マクロンと前任のオランドは医者の息子、サルコジはハンガリー移民の2世、親日派で知られたシラクは銀行員の息子でありながら共産党員の経歴を持っていた。エリート主義は、この4人のうちサルコジを除く3人がENAという国立のエリート養成校の出身であることに象徴されているが、その点は次回として、今回は、フランス流の草の根からの民主主義について見ていくこととする。それは、地方出身の政治家が地方議会から国政へと自らを鍬錬しながら育っていくシステムであり、柔軟な政権交代が行われるフランス政治*16の土台になっているものである*17。それは、コミューン、県、州と少しずつ異なっているが*18、基礎レベル自治単位であるコミューンの場合、「拘束名簿二回投票式比例代表併用多数派プレミアム制」とでも呼ぶべき選挙制度で*15) 戦前の予算委員会は「栄達者の委員会」と呼ばれた。各委員には個室が割り当てられ、職務を補佐する役人が大蔵省から派遣されており、ある省の予算について報告者となった後には、「その長(大臣)になることを約束されたと自認するようにな」った。大蔵大臣は形式的に出席している状況であった(「予算議決権の研究」小沢隆一、弘文堂、1995)。*16) 政権交代が起こりにくい日本政治について、日本経済新聞政治部長の丸谷浩史氏は、その背景に地方議会の党派構成の固定性を指摘している(日本経済新聞、2020.7.4)。*17) 以下の記述は、主として、地方自治2002.4、第653号(山下茂自治体国際化協会パリ事務所長、当時)によっている。*18) 県議会議員選挙(小選挙区制)は、大統領選挙と同じ二回投票制。州議会議員選挙は、コミューンと同様の多数派プレミアム制(但し、多数派プレミアムは半数でなく4分の1)。人口3500人以下の小規模なコミユーン(コミューンの9割以上を占める)の場合、選挙人は自分の選択する名簿から一部の侯補者を削除したり、別の名簿に掲載された侯補者を追加したりできる。一回目で有効票の過半数に達した者は当選となる。*19) 同様の仕組みは、英国、イタリア、さらにはドイツの大部分など、欧米諸国では一般的に見られるものである。ある。コミューン議会の選挙では、各党派は議席数と同数の候補者を記載した名簿を提示して選挙に臨む。名簿の筆頭にはその党派が多数となった場合に首長(メール)に互選する予定の候補者が記載される。有権者はその名簿に対して投票する。一回目の投票で有効投票の過半数に達した名簿があれば、その名簿を提示した党派がまず議席の半数を獲得し(多数派プレミアム)、残りの半数を有効得票の五%以上を獲得した党派の名簿(過半数を獲得した党派の名簿も含む)で比例配分する。一回目に過半数に達した名簿がない場合には、一週間後に二回目の投票が行われ、その結果、相対多数を得た名簿に議席の半数を配分し(多数派プレミァム)、残りの半数の議席を得票数に応じて多数派を含む各党派に比例配分する。このような仕組みの結果、多数派が必ず安定多数を獲得して責任ある政治を行うことになる。具体的には、多数派が選出する首長(メール。議会の議長でもある)と、それを補佐して各行政分野を所掌する数人の議員(副メール)が行政執行にあたる。それは、地方版の議院内閣制とでもいうべき仕組みである*19。自治体国際化協会のパリ事務所長を務めた山下茂氏によれば、地方議会が行政責任を負わず、「審議」機能しか果たさない制度を全国一律にとっているのは、いわゆる先進国では、おそらく我が国だけで、その結果、我が国では「政治家が自らを鍬錬し育っていくための現場が不足している」。フランスでは、「地方で責任ある立場を経験し、実績や失敗を積み上げ、周囲の業績評定を受けることによって厳しい選抜をされ磨かれ続けた政治家が、次第に活動範囲を拡げて国会や内閣の一員となり、国家の政治を担うという道筋が生まれている。国際政治や国政全体と較べれば影響範囲が限定される地方行政の土俵での実際の活動を見ることによって、議論に長けていても行政責任を担うには決断力が欠けるということはないか?、人気はあっても責任ある立場には不向きであることはないか?、自らの46 ファイナンス 2020 Aug.SPOT

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