ファイナンス 2020年8月号 No.657
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今回は、フランスの選挙と議会について見ていく。フランスは、ナポレオンという強力なリーダーシップを発揮した人物を生んだ国である。フランスは、試行錯誤の国でもある。フランス革命以来、3度の王制と2度の帝政を経験し、現行憲法も24回改正している*1。議会運営も、戦前の議会中心主義が戦後は正反対の行政府中心主義に改められている。1フランスの選挙フランスの大統領選挙は、最終的に大統領が国民の多数で選出されることを保証する2回投票制である。それは、米国の党主催で行われる予備選挙を公的な選挙制度に組み込んだようなもので、一回目の投票で過半数を得た候補者がいない場合は、上位二人だけに絞った二回目の決戦投票が行われる。一回目には、相互に政治的な立場、考え方のかなり近い候補者同士が競い合うことや、新たな立場を打ち出す候補者が複数登場することも多い。その中でより多くの得票を得た二人が二回目に残る。二回目に残らなかった者は、二人と交渉して、その支持に回るかどうかを決めていく。選挙人は、そうした交渉過程も参考にしながら上位二人のどちらかに投票するか、あるいは棄権するかを選択する。かくして2回目の決選投票の勝者は、有効投票の過半数を必ず獲得して、政治的な権威(カリスマ)を身につけた上で、共和国大統領に就任する。深野紀之氏(「フランス主義のすすめ」近代文芸社、1999)によると、「フランスは日常生活の中での個人も、国際社会の中での国家としても、極めて『個性的』で時には独善的とも思えるほど『独自性』に富ん*1) 2008年の改正では、国会の行政監視機能の明示、委員会の機能強化など、国会の役割重視が盛り込まれた(「諸外国における戦後の憲法改正、『調査と情報』No.824」国立国会図書館、2014)。*2) 以下の記述は、主として「フランス政治体制論」(櫻井陽二、芦屋書房、1994)によっている。*3) 戦前の第3共和制下のフランスは、「議会中心主義」で、議会が欲すれば本来行政府が行う個別的な措置であっても全て法律で規定しうるとされており、小選挙区制の下で選出されてきた議員たちは、地元利益のためのあらゆるお手盛り法案を成立させていた。*4) 19世紀末のフランスの政治学者カレ・ド・マルベールは、フランス公法は権力の分立を認めておらず、認めているのは権力の「階層性」だとしている。でいる。しかもフランス国民の全てが、個人も国家も当然そうあるべきと思っている」、「リーダーは、たとえ人々が表明した意思でも、それが誤った推定や怒り、感情的な反応に基づいている場合、拒絶する勇気を持たなければならない。(中略)人々を啓蒙し、たとえ好ましくない事実であっても、世論に伝えて受け入れさせなければならない。リーダーは、人々が困難な課題に直面し、犠牲を払うように説得せねばならない。それが出来るために、優れたリーダーには、強力なカリスマがなければならない」としている。そのようなカリスマを生むのが、大統領の2回投票制というわけである。フランスの大統領は、ローマ以来の伝統をそのままに上から命令するインペリウム的性格をもっているとされる*2。しかしながら、そのような大統領が出来上がったのは、戦後のことであった。戦前のフランスは、議会が強い権限を持ち、議員が個別利益を代表して跋扈する世界で、大統領以下行政府の権限は弱かった*3。それが、戦後の第5共和制憲法(1958年)の下、ドゴール大統領が大統領絶対の制度を創り上げた。ドゴールは、「国家の不可分の権威は、大統領を選出する人民によって大統領に完全に授与された」とした。それは、英米流の権力の分立を認めない、フランス流の民主主義の宣言であった*4。そのようにして出来上がった戦後のフランスの仕組みは、保守政党と左翼政党が激しくぶつかり合う中で、社会党政権(ミッテラン)を生み、保守政権(シラク)を生んできたが、3年前の大統領選挙では、「右でも左でもない」との新たな路線を打ち出したマクロン候補と、反EUを掲げ危機対応と財政(3)フランスの選挙と議会国家公務員共済組合連合会 理事長 松元 崇44 ファイナンス 2020 Aug.SPOT

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