ファイナンス 2020年7月号 No.656
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際の取引に当たっては正規分布から示唆されるプライスにプレミアムを付すという商慣行が生まれたわけです。ちなみに、服部(2020a)で紹介した日本国債VIXは特定のモデルに基づかないモデル・フリー・インプライド・ボラティリティが用いられています(日本国債VIXの詳細はBOX 2を参照してください)。注意すべきは、スマイル・カーブを描く際は、アウト・オブ・ザ・マネー(Out of The Money, OTM)のオプションのIVを用いる点です。OTMのオプションとは、現在行使しても利益が出ないオプションです。服部(2020b)で記載したとおり、OTMのオプションとは保険としての色彩強く、流動性があります。一方、イン・ザ・マネー(In The Money, ITM)のオプションは今すぐ行使しても利益が出るため、保険としての色彩は弱くなり、流動性はありません。そのため、市場で実際に取引されているオプションの価格を用いてスマイル・カーブを描くには、OTMのオプションの価格を用いる必要があります。プット・コール・パリティを考えれば、同じ権利行使価格のプットとコールは高い類似性を有しますから、スマイル・カーブを描く上で、プットとコールを考慮せず、OTMのオプションを用いてカーブを描写することが可能です。2.3 スキューとスマイル・カーブの関係ここまでIVと権利行使価格の関係について考えてきましたが、ここからこの関係をスキューという側面から考えていきます。これまでみたとおり、スマイル・カーブはオプションの価格から計算されたIVに基づき描写されましたが、そのカーブを用いて投資家による(先物価格の変化に関する)予測の分布が正規分布からどの程度乖離しているかを把握することが可能になります。前述のとおり、スキューとは先物価格の変化の非対称性をとらえる指標でしたが、スマイル・カーブからスキューを算出することで、投資家がどの程度正規分布から乖離した予測をしているかを定量的に把握することを試みます。もう少し具体的にスキューとスマイルの関係について考えてみます。図3はボラティリティ・スマイルとそこから示唆される分布について、正規分布との比較の観点で描写した図になります。正規分布に基づく場合、スマイル・カーブはフラットになっており、図3の上図にはこのことが示されています。これは前述のとおり、ブラック76モデルにおいてボラティリティが一定であることからきている性質ですが、このことは図3の下図のように、先物価格の変化に対して正規分布の想定をしていると解釈することができます。一方、前述のように、実際のデータをみると、価格の暴落は正規分布より高い頻度で起こります。このことは、正規分布に従う場合のオプションのプライスは実際の暴落を過小評価していることを意味します。もし仮に市場にこのプライスでオプションが取引されていたら、このプライスは暴落を過小評価しているため、このことが暴落の保険に相当するオプションの価格(IV)を上昇させます。図3を確認すると、同図の上図のように、権利行使価格低下に伴いIVが上昇しており、フラットなカーブでなくスマイル・カーブとなっていることが確認できます。図3の下図にスマイル・カーブからインプライされる分布(インプライド分布)と(その分布と平均および標準偏差が一致する)正規分布が示されていますが、(既出の図1で確認できるとおり)このインプライド分布はまさに負のスキューを有している図といえます。上記に鑑みると、暴落の保険に相当するプットのIVの方がコールのIVより高くなっていれば、投資家は先物価格の急騰に比べ暴落の保険を需要しており、急騰より暴落が起こりやすいことを予測していると解図3 ボラティリティ・スマイルとスキューのイメージ行使価格の低いIVが高い(オプション料が高い)IV(%)オプションの行使価格確率密度(%)先行きの価格変化率分布に歪み大幅下落確率正規分布注:崎山・眞壁・長野(2017)をベースに作成。両分布の平均および標準偏差(IV)は同一であり、市場参加者の認識する価格変動リスクの大きさは同じと想定。50 ファイナンス 2020 Jul.SPOT

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