ファイナンス 2020年7月号 No.656
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1はじめに服部(2020a,b)では国債先物オプションに関する基礎事項について確認しました。オプションから得られるリスク量はオプションの価格から示唆(インプライ)されるボラティリティであることから、インプライド・ボラティリティ(IV)と呼ばれています。オプション価格からIVを算出するにはモデルが必要になりますが、ブラック76モデルと呼ばれる正規分布に基づくモデルが商慣行として用いられています。先物価格や金利の変化に正規分布を想定する直感的なイメージは、(1)平均的なことが起こりやすく、(2)価格や金利の上昇・下落がバランスよく発生し、かつ、(3)急騰や暴落はあまり起こらない、というものです。もっとも、実際の先物価格や金利変化は正規分布とは異なるものです。特に問題であることは、オプションの売り手が正規分布に基づいて判断すると、例えば価格の暴落(金利の急騰)*1を過小評価してしまう可能性がある点です。この問題は1987年において米国で経験した株価の暴落、いわゆるブラック・マンデーを契機に意識されるようになりました*2。実際の市場では正規分布では想定されないような頻度で暴落が発生することが広く認識されるようになったわけです。このような問題に対して、市場参加者は、オプションの中でも、暴落を保証するオプションに追加的なプレミアムをのせるかたちでこれに対応しました*3。これがボラティリティ・スマイルと呼ばれる現象です。*1) 価格と金利は逆の動きをします。債券(固定利付債)の場合、クーポン(キャッシュフロー)が固定されていますから、価格が上昇すると、その債券 のリターン(金利)は低下します。(他の条件を一定にすれば)購入する価格が上がればリターンが低下することは、株式や不動産などすべての資産に ついて共通して言えることです。*2) この記述はダーマン(2005)や櫻井(2016)などを参照しています。*3) 例えば、ダーマン(2005)では、「87年の株式暴落を経験した投資家は、かつて苦しんだリスクに対する将来の保険として、率先してコストを支払うようになっていた。その結果、90年当時には、すべての株式市場で似たようなスマイル(スマーク)が出現するようになっていた。」(p.352)と記載しています。本稿では、先物価格や金利の変化が正規分布から外れる世界について、ボラティリティ・スマイルの観点から考えていきます。服部(2020a)では金利急騰リスクを把握するうえでIVの有益性を強調しましたが、ボラティリティ・スマイルを理解することにより、正規分布から外れるような暴落や急騰について市場参加者がどのような予想をしているかを把握することができます。特に金融市場では、資産価格の変化が正規分布から非対称にずれる現象(特に価格の急騰より暴落のほうが起こりやすい現象)を統計学の用語を援用し「スキュー」と表現します。著名な投資家であるナーシム・タレブ氏が正規分布で説明できないような極端な現象を「ブラック・スワン」と呼んだことから、スキュー指数は「ブラック・スワン指数」と呼ばれることもあります。本稿では服部(2020a、b)で記載した内容を前提としますので、そちらの文献も適時参照いただければ幸いです。2権利行使価格とIVの関係:スマイル・カーブとスキュー2.1  正規分布からの乖離:スキューとカートシス服部(2020a)では正規分布を想定するブラック76モデルに基づき金利リスクについて考えてきましたが、本稿では先物価格や金利の変化が正規分布に従わない可能性について考えていきます。最初に、先物価格や金利の変化が正規分布からどのように外れていボラティリティ・スマイルとスキュー―日本国債市場における正規分布から 乖離した動きについて―財務総合政策研究所研究員 服部 孝洋 ファイナンス 2020 Jul.47SPOT

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