ファイナンス 2020年7月号 No.656
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■第6章「国際収支構造の変化とそのミクロ的要因」(伊藤恵子 中央大学商学部教授)伊藤論文は、日本の国際収支構造を分析し、対外収支の中心が貿易から投資に移行しつつあるが、国内投資の収益率向上や継続的な輸出促進への努力が必要であることを論じている。日本の対外・対内直接投資を比較すると、対内直接投資の収益率の方が上昇傾向にあることから、日本の国内企業も収益率の高い投資機会を国内で見つける余地があること、また、外国企業の参入を促すことで外資系企業の技術やノウハウを経済全体に波及させる環境整備をさらに進めていく必要があることを指摘している。日本の輸出は、2010年代に入ると比較的伸びが鈍化しており、長期的な輸出増加に重要となる新規輸出開始企業数はあまり増えておらず(図表7)、企業内貿易の割合も上昇しており、日本企業の取引関係の多様性はあまり拡大していないと述べている。そのうえで、企業が輸出を開始したり海外で取引関係を構築したりするには、海外市場に関する情報収集に費用がかかるが、近年は、公的機関の輸出支援策の有効性が日本のデータでも確認されていることから、そのような施策によって企業の国際化を推進し続けていくべきであると論じている。このように、輸出支援策と対内直接投資の推進を強力に進めて国内投資の収益率を高め、日本の国際的なプレゼンスの維持を図ることの重要性を指摘している。図表7 輸出事業所の割合(従業者数30人以上の事業所のみを対象)2002~2007年2008~2013年事業所数シェア(%)事業所数シェア(%)非輸出事業所52,739(87.0)52,133(84.6)継続輸出事業所3,394(5.6)4,483(7.3)輸出開始事業所2,512(4.1)1,495(2.4)輸出停止事業所711(1.2)1,208(2.0)その他1,281(2.1)2,271(3.7)事業所数60,63761,590(注)非輸出事業所は、各期間中を通じて一度も輸出をしていない事業所。継続輸出事業所は各期間中を通じて輸出を継続していた事業所。輸出開始事業所、輸出停止事業所はそれぞれ、各期間中に輸出を開始または停止し、その後停止または再開しなかった事業所。その他は、各期間中に2回以上輸出行動を変えた事業所。ただし、間接輸出は調査されておらず、各事業所の直接輸出の有無に基づいている。(出所)第6章「国際収支構造の変化とそのミクロ的要因」図表5より引用。■第7章「人口減少下の日本の労働市場の方向性」(山本勲 慶應義塾大学商学部教授)山本論文は、人口減少下の日本の労働市場で、長期雇用といった日本的雇用慣行はどのように改められるべきかを議論している。日本的雇用慣行については、企業による企業特殊的人的投資を通じた労働生産性の向上など一定の経済合理性があるものの、人口減少やグローバル化などの環境変化によって、その合理性は低下しつつあると指摘している。他方で、長時間労働の是正をイノベーションの推進等と同時に進めている企業(図表8)や雇用の流動性を一定程度高めている企業、女性活躍推進といったダイバーシティ経営を進めている企業、健康経営を進めている企業は、利益率でみた企業パフォーマンスが高くなっているというエビデンスを示している。そのうえで、人口減少下の日本の労働市場においては、過度に非効率な長時間労働や男性中心で画一的な働き方といった日本的雇用慣行の問題点を改善しながら、企業の労働者に対する人的投資を通じた生産性向上や、長期安定雇用などといった長所図表8 長時間労働是正と他の施策の相乗効果(***)(**)(***)0.0080.0070.0060.0050.0040.0030.002ROA(%)への影響度合い離入職率が5%高い場合の相乗効果年間労働時間の1時間の減少イノベーション推進実施の場合の相乗効果年間労働時間の1時間の減少HRテクノロジー導入済の場合の相乗効果年間労働時間の1時間の減少0.0010(注) ***、**印は、それぞれ1%、5%水準で統計的に有意なことを示す。(出所)第7章「人口減少下の日本の労働市場の方向性」図表3より引用。 ファイナンス 2020 Jul.43「人口減少と経済成長に関する研究会」の概要報告SPOT

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