ファイナンス 2020年7月号 No.656
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面で通告した。衝撃で声を失い涙を堪えられない人たちと、長い時間、先方が納得するまで、話をした。その後も、もう少し話を聞いてくれと言ってくる人がオフィスに来ると、1対1で話を聞いた。様々な国籍の職員が、様々なことを言いに来た。家族の事情、再就職先。自国の政治情勢。他方、中には危険な行動をしかねない職員もいるということで、朝8時から午後6時まで、私のオフィスの入り口には2人の警備員が張り付いた。時には、特別手当の計算の確認をするため、深夜自宅で電卓に向かった。対象者リストは極秘であり部下に下ろせない事情のある人もいたからである。孤独な仕事が続いた。誰がこのプログラムで離職したかは永久に秘密であり、個々のスタッフの離職のアナウンスは自発的に退職した人たちと何の区別も無いようにした。そして、離職した人の定員を活用し、今求められる新分野の技能を持つ人たちを大量に採用した。アジアの貧困削減において迅速に成果を出すために、新分野の人材が必要。離職者を出すことはあくまでその手段である。理念と目指すものは、極めてクリアである。そして、対象者の決定も、リストに載るか載らないかの二者択一である。しかし、純粋日本人としては、どうしても割り切れない。なかなか決めきれない。1人1人の人事資料を最後まで読んでは、また気になるところを読み返す。そんな毎日。自分が署名しなければ、この職員はADBを去らなくても良い。その責任が肩に来る。欧米人なら、割り切れるのだろうか。(2)検察庁に召喚された日こうした日々と相前後して、別件で、マニラ検察庁から召喚を受けた。勤務成績不良により解雇処分した元職員から、名誉棄損(defamation)で刑事告訴されたのである。解雇処分決定の過程で本人の名誉を棄損する不当な議論が内部であったのではないかとの主張である。万一何かの間違いで起訴になったら、被告人は出国禁止命令が出てフィリピンから出られなくなる。一緒に告訴された同僚数人と共に検察に出頭の上、宣誓を行った後、優秀な同僚の内部法律家に全てを託した。国際機関職員は通常の業務上の行為において訴追されない特権(「immunity」)が協定上認められており、我が同僚の尽力のお蔭で数か月後に不起訴処分を得られた。安堵はしたが、いろいろな思いは去来した。早期離職プログラムで、「あなたの技能は、もはや求められていない」と言われた時、彼ら彼女らも出来ることなら人事局長を告訴したいと思ったのではないか。(3)そして今思うこと今でも時折、ADBを去った100人のうちの何人かの顔を思い出す。映画「君の名は。」は最高だった、と言っていた人。いつかは日本に住みたい、あの美しい国で家族と暮らしたいと言っていた人。去る人がいれば、来る人もいて、組織も人と共に変わっていく。自分のやったことは、どれ程意味があったのか、大げさな話だが、歴史の評価に待つしかない。これから5年後、10年後。ADBを去った人たち、ADBに来た人たち。今も10年後もADBにいる人たち。みんな幸せになっていれば、笑顔で暮らしていれば、それで良い。それが、この孤独な仕事への最高のご褒美だ。(パラオとペリリュー島を特集する次号に続く)38 ファイナンス 2020 Jul.新・エイゴは、辛いよ。SPOT

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