ファイナンス 2020年7月号 No.656
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る。小田原中継所からの長い長い標高差800m以上の上り坂を克服し、芦之湯から湖畔への下りにも悲鳴を上げない脚を持った選手だけが受ける、この歓声。他方で、下位の選手たちは、一観客としてこういうことを言うのは申し訳ないが、本当にアゴが上がっている。小雪舞い寒風吹き上げる中、脚が身体が言うことを聞かない。絶望的な気持ちを克服し母校のためタスキをつなごうと必死に前を向くが、限界が近い。彼らを支えているのは、沿道での絶叫に近い歓声である。観客たちは、むしろこうした下位の選手たちに声援を送るために来ている。殆どの人が、自分が声援を送っている選手の名前も知らない。多分大学名も見ていない。駅伝走者全員がヒーローなのだ。恐らく、申し訳ないが、これが殆どの外国人には理解できない。3ビジュアル化するエイゴの言葉と、大和言葉「ビジュアル化し世の中の動きを単純化する」というのは、エイゴの表現で本当によく見られる。日本語で雨脚が強まると、「おや、篠つく雨が。。。」と言うが、エイゴだと、「It rains cats and dogs」と言い、唐突に犬と猫が出てくる。マニラのADB(アジア開発銀行)に勤務していた時に、どうして犬と猫が出てくるのか、オーストラリア人と韓国人とインド人との夕食で話題に出したら、皆勝手な憶測でモノを言うので、犬と猫の議論のように収拾がつかなくなった。「まあこういう感じで犬と猫が騒ぐくらい雨がやかましいってことか」ということで何となく落着した。そうだとすると、聴覚にまで劇的に訴えることになる。まだある。酒を飲み過ぎた時、「I saw pink elephants」と言うことがある。地球に存在しないピンクの象を、しかも複数揃えるのだ。「宿酔」という婉曲な日本語が誇らしい。「大酒飲み」は「Drink like a sh」であり、無理やり酒を飲まされる魚も可哀想である。「左党」という粋な日本語を教えてあげたいが、自分のエイゴの力では無理な気がする。(注) 大工さんが、「ノミ」を左手で持って作業をすることに由来する。生き物と言えば、「早起きは3文の得」は「The early bird catches the worm」になり、途端にリアルになる。しかし、ご褒美がworm(ミミズや芋虫のようなもの)では、早起きをする気にはならないのではないか。「絵に描いた餅」は、「Pie in the sky」であり、どうしてもパイを青空と対比させたいようだ。エイゴでは、善悪もビジュアライズさせないといけない。だからDevilというのがすぐに出てくる。仕事の会話で、「細かい部分も注意して書いてね」とさらっと言えば良いところを、「The devil is in the detail !!!」と叫んで、非生態系のペーパーに悪魔を宿らせる。噂話をしている間に本人が顔を出すと、「Talk of the Devil !」と言って、可哀想にその人は悪魔にされてしまう。(他方、いつまで経っても会話にAngelは出てこない。)エイゴは、むずかしいね。(注) 日本語でも「悪魔は細部に宿る」と言うじゃないかと突っ込む人もいるだろう。しかし、これが古来の大和言葉のわけは無いし、そもそも頻度が全然違う。「悪魔は細部に宿る」という言葉、年に何回会話で耳にするだろうか?The devil is in the detailは、ADBにいた時、1日最低2回は聞いていた。まあ若干の人的要因もあったが。。。4ナマハゲと母像Devilで思い出したが、10年ほど前に、あるフランス人の友人を都内某所のナマハゲ居酒屋に連れて行った。普通に飲んでいると、地響きと共に「悪いゴはいねがぁ~」と叫ぶナマハゲが客の前に現れるのである。ここで酒を浴びるように飲んでいる客たちに良い子がいる訳は無く、皆ひたすら動揺するのである。そのフランス人はこのサプライズを大いに喜び、ナマハゲとの密なコミュニケーションを求め、私に通訳を命じた。ナタを手にしたナマハゲが目の前に現れると、「まあ、俺の酒を飲め」と言ってナマハゲに酒を勧める。このフランス人も鬼瓦のような顔をしていて迫力がある。ニワカ通訳の私は、更に「俺の酒が飲めないのか」と、言ってもいないことを付け加える。勢いに押されたナマハゲは、意外に守りに弱く、若干引いた後、「本当は、いげねえんだけどな。支配人は見てねえな」と周囲を見渡した後、お面の下からぐいっと秋田の冷酒を空けた。ご機嫌になったこの友人に後刻感想を聞くと、この36 ファイナンス 2020 Jul.SPOT

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