ファイナンス 2020年7月号 No.656
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回に分けて行われ、全国にテレビ中継される。天下分け目の最重要イベントであり、侯補者の選挙直前の支持率に大きな影響を及ぼす。(中略)国民は大統領に政策の専門家であることを求めてはいない。どんな国家的危機にでも対処できる精神的タフさを備えているか、国民をまとめあげる象徴的リーダーとして尊敬に値するかなどの人物評価の比重が重い。(中略)いかに効果的に聴衆に訴え、相手の心を掴むことができるかがポイントで、早口や大袈裟なジェスチャーで相手を言い負かす敵意剥き出しの「弁論の鬼」スタイルや、難しい知識を詰め込む情報量優先スタイルは敬遠されるようになった」という*29。ただ、最近では、相手を攻撃し、自分に不利な報道はフェイク・ニュースだと言ってまともに反論しない、トランプ大統領のスタイルが登場している。米国の選挙権も、英国と同様に選挙人登録をしないと与えられない*30。英国の植民地から独立し、今日も多くの移民を受け入れている米国には、今日でも戸籍は存在しないからである。米国の選挙戦の主な活動は、電話でのローラー作戦とビラ配り、そして手紙攻撃の三本立てである。宣伝カーから候補者名を連呼する風景は見られない。それは、アメリカ人が騒音や耳障りな音に不快感を示すためだとされているが、その代わりに使われるのが、様々なグッズである。候補者の名前を書いたバッジや車のバンパーステッカー、更にはヤードサインと呼ばれる看板が使われる。そのような大統領選挙にお金がかかることは当たり前とされている。米国の所得税の申告書を見ると、冒頭の住所氏名の欄のすぐ下に「あなたは大統領選挙ファンドに3ドル当てられることを望みますか」とのチェックボックスがある*31。2億人がチェックすれば6億ドル(約600億円)が大統領選挙に当てられる仕組みである。とはいえ、実際の選挙にはもっとお金がかかる。党が主催する予備選挙に公的なお金が入ってくること*29) 「アメリカ政治の現場から」渡辺将人、文春新書、2001*30) それは、多くの黒人に投票権を与えない仕組みとして機能しているともされる。*31) 申告書の説明は、“This fund helps pay for Presidential election campaigns. The fund reduces candidates’ dependence on large contributions from individuals and groups and places candidates on an equal nancial footing in the general election.”となっている。*32) お金がかかるシステムの下、議員の資金集めパーティーも盛んである。パーティー券の相場は、上院議員で500-1000ドル、下院議員で300-500ドル、有力議員で3000-5000ドル(「ロビイスト」小尾敏夫、講談社現代新書、1991)。*33) わが国では、「ソフトマネー」(中略)が米国の政治資金制度の抜け穴で2000年の大統領選で5億ドル(約660億円)に達した(中略)企業や労組などから政党に無制限に流れている(20002.2.14、朝日新聞)」といったように批判的に報道されている。なお、主要国の中では、フランスが80年代の終わりに企業献金を全面禁止し個人献金だけにしたが、その結果は知名度のない政治家に資金が集まらなくなって、むしろ汚職まがいのことが増えたとの指摘もある(山本一太、2002.5.12サンデー・プロジェクト)。*34) 委員長職に付けられていない議会各委員会のスタッフは、民主・共和両党の政党別に雇い入れられて、各党の議員の法案提出(一名でもできる)をサポートしている。もない。候補者の資金担当の選挙参謀(ファンド・マネージャー)は、あらゆる知恵を絞って支持者から資金集めを試みる。その金がいかがわしいものでない限り、多くの資金が集まることは、その候補者への支持が多いことに他ならないと認識される。選挙資金が続かない候補者は予備選挙で脱落することになる。2016年の大統領選挙では、クリントン陣営が11億9000万ドル、トランプ陣営が6億4000万ドルを支出したとされている。政治にお金がかかることは、システムがそうなっている以上、やむ得ないというのが多くの米国人の感覚である*32。金がかかることをいたずらに批判するのは、一般国民の間に政治家は特殊な人々だとの認識を広げて政治を国民から遠ざけてしまうとも意識されている*33。要は、志の高い有能な若者が政治を志すことの妨げとならない限りは問題ないのであり、米国では、現在のシステムの下に、普通の人が政治家を目指すことが当たり前に行われているのである。4米国の議会米国の議会は英国と同様に議員同士の議論の場である。議会に大統領が登場するのは、一般教書演説の時くらいで、閣僚も一般の公聴人と同じ資格で呼ばれるだけである。政府の法案提出は認められておらず、各議員間のやり取り(数多くの修正案の提出)の中で、多くの立法作業が行われている。議会で力があるのは、各常任委員会の委員長である。委員長の権限が強いことから、米国は「委員会政府」などと言われることもある。政策立案を補助する公設秘書も、その多くが委員長職に付けられている*34。委員長職は全て多数派が占めるため、選挙で多数派を占めることは極めて重要である。委員会の議事運営はすべて多数派の委員長の判断になっており、少数派の抵抗の手段としては上院においてフィリバス ファイナンス 2020 Jul.31危機対応と財政(2)SPOT

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