ファイナンス 2020年7月号 No.656
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替わりであらゆる政策に関して対決する。与野党のフロント・ベンチャー(議席に座れる有力議員)からも自由に補充質問が行われ、バック・ベンチャー(後ろの立ち席にいる議員)が野次を飛ばす中で厳しいやりとりが行なわれる*18。その光景が、わが国の予算委員会室ほどの広さしかない本会議場で展開される(ネットでも公開される*19)のである*20。激しい論戦が与野党による法案の見直しにつながることはないが、英国では法案提出後にも政府に法案修正が認められているので、25%程度の法案については政府修正が行われる。それは、わが国のような与党の事前審査手続きがなく、一般の与党議員の意見が法案に反映されていないことからの仕組みといえる*21。一般の議員は内閣法案が提出されてはじめてその内容を知ることも珍しくないのである*22。英国議会における法案審議は、本会議における3回の読よみ会かいと常任委員会*23の審議で行われる。第1読会では形式的に法案提出の紹介が行われ、第2読会で法案の理念や対象範囲に関する質疑が1日程度かけて行われる。その後、常任委員会(Standing Committee、AからHまでの記号で呼ばれる)で逐条審議(質疑)され、その審議報告を受けた第3読会において全般的な質疑の後に採決となる。委員会の審議はしばしば深夜12時過ぎにまで及ぶが、法案に関係のない質問は許されない。日本と異なるのは、本会議や常任委員会の審議に、閣僚の出席が求められないことである。英国の議会が、議員間の議論(Debate)の場と位置付けられているからである*24。審議には、通常、与党側からは担当閣外大臣(副大臣)が、野党側からは影の内閣の副大臣が、それぞれ議員として出席する。*18) 戦前は、日本も本会議中心主義で、本会議で激しいやり取りが行われていた。*19) https://www.bbc.co.uk/tv/bbcparliament*20) 英国の議会で定足数の縛りは行われていない。下院の本会議には、一応40名(下院議員の数は650名)の定足数があるが、1971年以降問われなくなっている。*21) 政府と一般の議員との意思疎通の場としては、保守党の1922年委員会がある(労働党も同様の場を持っている)が、事前審査の機能は与えられていない。*22) 2003年のイラク派兵に関しては、与党労働党内から相当の造反が出た。*23) 常任委員会は、本会議の時間不足を補うために便宜上設けられたもので、本会議のミニチュア版と言われている。「常任」といいながら、そのメンバーは法案ごとに入れ替わる(「比較議会政治論」大山礼子、岩波書店、2003)。行政府の活動を審査する省庁別特別委員会において、1977年以降、政府が公表した法律草案の立法前審査制度が導入されたが、あまり活用されていない(「英国下院の省別特別委員会」奥村牧人、国立国会図書館レファレンス(718)、2010.11)。*24) このような英国方式に対して、半円形の大きな議場(アリーナ)の閣僚席に大臣が閣僚として出席して、「政府」対「議員」の議論を行うのが大陸方式である。米国の議場は大陸型だが閣僚席はない。*25) 「アメリカ大統領の正義」猪口孝、NTT出版、2000*26) かつての米国大統領にそのようなカリスマ性はなく、偉大な人間は大統領に選ばれないとも言われていた(「政治制度論―議院内閣制と大統領制」白鳥令編、芦書房、1999)。*27) 米国の予備選挙は、大統領選挙だけでなく上下両院の議会議員選挙、さらには州議会や市町村議会選挙でも行われている(「政治改革」山口二郎、岩波書店、1993)。*28) 大統領に就任すると、全国国民の統合を訴えるのが、これまでの例であったが、トランプ大統領は、大統領就任後も民主党攻撃を続けている。3米国の選挙米国の大統領選挙のプロセスは、軍事クーデターにもなぞらえられる。「ひとつずつ州を固め、敵対候補者の支持者を掃討していく。勝てばその州の選挙人は総取りである。(中略)マスコミを使って支持者獲得キャンペーンをする。軍事クーデターがまず放送局を狙うように大統領候補者はテレビ広告をふんだんに使ってプロパガンダを繰り広げる。次に軍事クーデターが銀行をおさえるように大統領候補は資金繰りを続ける。(中略)権力は勝ち取るものなのだ。(中略)このようにして成立した王朝の王は王らしく振る舞うこととなる」*25。トランプ大統領が、前任のオバマ前大統領が主導したパリ協定から離脱し、TPPから離脱し、メキシコ国境での壁の建設に邁進したのも「王らしく振舞」っているというわけである。そのような米国大統領のカリスマ性*26は、約1年にも及ぶ予備選挙*27、それに続く本選挙という長丁場の国民的行事で得られるものである。その過程で候補者はあらゆる政策的課題についての見識だけでなく自らの関わったスキャンダルなどについても問われ、様々なドラマが展開される。英国の選挙では主に政策が問われるのに対して、米国の大統領選挙では候補者の全人格が問われる。アメリカ国民は、そうした選挙戦を勝ち抜いた「勝者」に敬意を感ずるようになるというわけである。ただし、最近では、格差拡大を背景として米国社会が分断(ポーラライゼーション)される傾向が顕著になってきており、全国民が大統領に敬意を感じるというのは、過去のことになりつつあるようにも見受けられる*28。米国大統領選挙で重要なのが候補者同士のディベートである。「夏の党大会終了後の本選挙中、秋口に数30 ファイナンス 2020 Jul.SPOT

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