ファイナンス 2020年7月号 No.656
32/86

選挙と議会は民主主義の基本であり、トップのリーダーシップの原点でもある。今回は、議会制民主主義の母国である英国と大統領制の大国である米国の選挙および議会について見ていくこととしたい。1英国の選挙英国の選挙は、党首をトップとした国盗り物語ととらえればイメージしやすい。勝利を収めた方が、次の選挙までそのトップの下に国を治めることになる。負けた方は、次の選挙に向けた戦略を練り、議会の場などでそれを国民に訴えるが、選挙に勝たない限りは国を治めることはできない*1。その仕組みが、2016年6月に行われたEU離脱を問う国民投票以降、混迷していたが*2、2019年の選挙*3で保守党のジョンソン党首がEU離脱についての自らの意向に従うことを誓約した候補者のみを公認して大勝した結果、本来の姿に戻っている。元駐英国大使の鶴岡公二氏*4によれば、「英国民は機能しない政府を嫌います。与野党が拮抗して物事が決まらない状況は歴史的にも多々ありますが、これは必ず国民に否定されます。(中略)首相が、迅速かつ的確に国民のために任務を全うすることが英国民の政治に対する注文であり、期待であります。それを実現するための制度がイギリスの統治形態であり、小選挙区制であり、首相に絶対権限を与える仕組*1) それは、戦前、「憲政の常道」として目指された姿であった(「歴代首相物語」新書館、2003)。明治時代の日本が、英国にならって議院内閣制を導入したからである。その変質は、戦後の米国流の仕組みの導入によるものであった(「国会学入門」大山礼子、三省堂、2003)。*2) メイ内閣では、EU離脱協定が3度にわたって議会で否決された。*3) 英国の総選挙は、かつて日本と同様に議会解散によって行われていたが、2011年、キャメロン首相が5年ごとの固定制とした。ただし、下院の3分の2が合意すれば前倒しできることとなっており、2019年の選挙はその規定に従って行われた。*4) 「英国の政治制度から日本の民主主義を考える」鶴岡公二、RIETI特別BBLセミナー、2020.3.19*5) 香港の住民に英国市民権を与えることを検討するとされた(2020.6.3、Times)のも、この仕組みの延長線上に理解することが出来よう。*6) 20代の国民の3分の1は有権者登録をしていない(2018年)。他方で、有権者登録をした者の投票率は7割弱と相当に高い。*7) 個々の候補者の選挙公約は無い。2001年6月7日の総選挙においては、総選挙発表(5月8日)の2日後に保守党が、8日後に労働党がマニフェストを公表した。*8) 我が国で戸別訪問が禁止されたのは、大正14年の普通選挙導入に際して、貧しいものに選挙権を与えると買収が横行するとして「べからず選挙」(選挙運動期間の制限などが導入された)になったからとされている。*9) 英国でも議員は毎週末ごとに選挙区に帰って政党支部等で選挙民からの陳情を受けるが、それは政党支部の活動としてである。議院歳費は、我が国の半分以下の900万円程度である(読売新聞、2002年1月16日)。*10) 候補者が納める供託金(500ポンド、約7万円)は、5%以上の得票で返金される。*11) ジェフェリー・アーチャー、新潮文庫、1985みです」というのである。英国の選挙権は、英国の国民だけでなく英国に滞在許可を得ている英連邦加盟国の国民にも認められている*5。ただし選挙権を行使するためには有権者登録が必要である。投票は権利であって義務ではないということである*6。本格的な選挙戦は与野党のマニフェスト公表をもって始まる。マニフェストは、党首が中心となって少数の政策指導者たちによって企画立案される*7。選挙は党営で、選挙戦では与野党の党首が先頭に立った政策論争が行われ、その下、選挙区毎に候補者が各政党支部の運動員と手分けしてひたすら戸別訪問*8に励む形でぶつかり合う。候補者個人の後援会は禁止されており*9、候補者にはほとんどお金がかからない仕組みになっている*10。英国の党営選挙では、有能な候補者の発掘が重要である。少し古くなるが、貴族階級出身、中流階級で弁護士、労働者階級で肉屋の息子という身分の違う3人が首相を目指して争うことを描いた「ダウニング街10番地」*11という小説が日本でもベスト・セラーになった。英国の首相は、サッチャーが雑貨屋の娘であり、メジャーがサーカス芸人の息子であり、ブレアが大学時代にはロックのボーカリストであり、メイが牧師の一人娘、そしてジョンソン首相は、オスマントルコの内務大臣を祖先に持つジャーナリストというよう危機対応と財政(2)英米の選挙と議会国家公務員共済組合連合会 理事長 松元 崇28 ファイナンス 2020 Jul.SPOT

元のページ  ../index.html#32

このブックを見る