ファイナンス 2020年6月号 No.655
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結合や家族倫理などの面から儒学と親和的でもあったと思われる。これに対し、桑弘羊らは、現実主義に立ち、現在政府のなすべきことは匈奴など外敵の侵入を防ぐことであり、辺境防備のための財源として専売制などは存続して国庫の充実を図るべきであるとした。そして、賢良・文学は尚古思想による理念主義を主張するだけで、当面の国策に具体的提案がないと非難した。しかし、賢良・文学は、車千秋、桑弘羊ら政府高官を畏れることもなく執拗に論難した。同書は、一介の書生に過ぎない賢良たちが廟堂で時の権力者を激怒させるような発言を重ねることができた事情として、彼らの背後に、桑弘羊をしのぐ実力者である大司馬大将軍霍かく光こうの存在を指摘する。彼は軍職にあったが、尚書(上奏を皇帝に取り次ぐ役)を兼ねて、内朝(丞相府、御史府など国政の執行機構である外朝に対して、皇帝・帝室の私的な面を司る機構を総称)を統率していた。しかし、塩鉄会議の論争の結果は、酒専売制の廃止だけに終わった。政府側に、賢良・文学の主張は国策に対する理解力がなく専売制の不便を言ったに過ぎないものと片付けられ、地方豪族の期待も内朝勢力の支援も、老練な財務官僚の桑弘羊を圧倒することはできなかった。会議の翌年、かねて霍光による外朝への介入に反発していた桑弘羊は、内朝内の霍光と上じょう官かん桀けつの対立に際して上官桀に与し、燕王の謀反に参画して誅殺された。しかしながら、桑弘羊の財政政策は、霍光が政権を掌握した後も、深刻な財政状況にかんがみてか、酒専売の他はそのまま維持された。この一連の経緯を、内朝対外朝すなわち皇帝側近勢力対実務官僚機構という図式だけでとらえることに無理はあろうが、あえて単純化して言えば、この時期皇帝の権力が専制的な方向に強化される過程で、内朝・外朝間の均衡が皇帝の側近勢力である内朝側に傾いてきたということであろう。誤解を恐れずさらに単純化して言えば、内朝側は縁戚関係など皇帝との個人的な結合に基礎を置くのに対し、外朝側は法制度を重視する。従って前者は、時の政権の求心力増大を最優先するので、民心の動向に敏感であり、恤民政策を志向する。これに対し、後者は制度の安定性・永続性を重視するので、不人気な政策を政権に背負わせることもいとわない。悪く言えば、内朝の側は目先の人気取りに走って制度の将来的な安定を損ないがちであり、他方外朝の実務官僚たちは、法理の厳格な執行に励む結果、酷吏の批判を招き、さらには社会に不満がたまりやすいということか。二千年以上も前の塩鉄会議であるが、現代に生きる我々にも考えさせるところ大きい。柄にもないことを考えながら歩いていたら道を間違えた。家の者が、今日の夕食に鰯のパン粉焼きを作るというので、私は、何かの記事に出ていた砂肝のコンフィと、野菜ときのこのマリネを作るつもりだ。ついでに砂肝とにんにくとオリーブ油の風味のきいたセロリの葉入りスープも作ろう。スーパーに寄って買い物をして帰らなくては。〈材料〉 鶏砂肝1パック(300~400g)、にんにく1片(皮をむく)、粉末タイム、乾燥ローズマリー数本、オリーブ油、サラダ油(1)砂肝を2つに切り、塩小匙1と胡椒適量、粉末タイム少量を振り、手で揉んでなじませたら、しばらくそのまま置く。(砂肝は2つが1セットになっているのでそれを切り離すだけでよい。それ以上の下処理不要。)(2)小さめの鍋かボウルに砂肝とにんにく、ローズマリーを入れ、砂肝が隠れるまでオリーブ油とサラダ油を半々の割合で注ぐ。鍋か深めのフライパンに湯を沸かし、その中に砂肝の入った鍋を入れ湯煎にする。湯煎の湯が沸騰する少し手前ぐらいの火加減で2時間煮る。時々湯を補給すること。(湯煎にせずオーブンで煮る場合は70度2時間。)(3)砂肝が入った鍋を出し、砂肝をガラス瓶などに取り出す。煮油の上澄みを(時間があればキッチンぺーパーを敷いた笊で濾して)、砂肝の入った瓶に注ぐ。煮油の底に砂肝から出たコラーゲンなどのエキスが沈殿しているので、これが混ざらないよう上澄みだけ注ぐこと。残った油とエキスは後述するスープに使うとよい。* できあがった砂肝のコンフィは、冷蔵すれば2~3週間もつ。そのままフランスパンを添えてワインや洋酒のおつまみにしてもうまいし、フライパンで焼き目をつけて、適当につけあわせを用意して盛りつけると本格的な一品になる。私の一番のお勧めは、適当にスライスして、後述する野菜のマリネの上にのせ、上から煮油をかける食べ方である。砂肝のコンフィのレシピ(4人分)70 ファイナンス 2020 Jun.連載私の週末 料理日記

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