ファイナンス 2020年6月号 No.655
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化によるものかが識別できない可能性がある点です。例えば、仮にコンベンショナル方式からダッチ方式に移行した前後比較で統計的に有意な差異を発見できたとしても、制度変更直後は過渡期であり、ボラティリティも高いなどという、制度移行以外の要因が働いている可能性もあります。このような問題を踏まえ、2000年以降は構造推定と呼ばれる手法を用いる研究が増えてきました。前述のとおり、構造推定は経済学の理論を明示的に用いる実証分析を指します。経済学では通常、個人や企業は効用や利得を最大化するように行動していると仮定しますが、国債のオークション理論においても、各投資家は期待される利得を最大化するべく行動していると想定されます。もっとも、個々の投資家は国債に対して異なる需要*20を持っているでしょう。国債の入札における構造推定では、入札に係る個社レベルのデータを用いることで、入札に参加した投資家やプライマリー・ディーラーの需要そのものをダイレクトに推定します。その上で、入札方式が変わったら、投資家の利得最大化により入札行動がどのように変わるのかを経済理論に基づいて推測します。その結果に基づき、入札方式が変わると政府収入がどのくらい変わるのかを推計することが可能になります。「私的価値」に基づく実証研究2.2節では「私的価値」をベースに議論を進めました。そこでは同じ財に対して個々の入札者が異なる評価額を与えていると考えましたが、実証研究でも代表的な研究の多くは私的価値に基づいています*21。「私的価値」をベースに行った代表的な研究はHortaçsu and McAdams (2010)です。同研究では1991~1993年におけるトルコの3か月T-billのデータを用いて、もし政府がオークションをコンベンショナル方式からダッチ方式に変更した場合、どの程度収入が異なってくるかについて分析を行っています。重要な点は、同論文はトルコのオークションに際し、ビットレベル(買い注文レベル)のデータを取得していることです。コンベンショナル方式の下で各社が応札したビットレベルのデータを用いて、一定の理論を*20) 専門的に言えば需要曲線。*21) 専門的に言えば、「私的価値」の仮定の下では、他人の評価額が自分の評価額に影響を与えることがないということまで仮定されています。ベースに需要曲線を推定し、それを例えば、ダッチ方式を用いた場合の需要曲線へ変換します。需要曲線を推定できれば、どちらのオークションが発行体にとって望ましいかの定量的評価が可能になります。同論文が見出したことは、驚くべきことに、オークションの変更に伴って収入に大きな差は生じないというものです。国債のオークションに関する「共通価値」と「私的価値」前節で議論したように、国債のオークションでは対象となる財の価値を同じように評価するという「共通価値」の仮定が尤もらしいケースもあります。国債のオークションに際し、共通価値の仮定を考える上で特に重要な研究はHortaçsu and Kastl(2012)です。こちらも詳細は石田・服部(2020)に譲りますが、彼らの結果は「共通価値」より「私的価値」のほうが国債のオークションにおいて妥当性がある可能性を示唆します。これらの研究が学術的に高い価値を有することから、「私的価値」に基づく考え方が優勢という見方もできます。「共通価値」に基づいた実証もなされており、その例として、フランスを対象としたArmantier and Sbai (2006) やFevrier et al. (2004)などが挙げられますが、その結果は一様ではありません。4.おわりに本稿では簡潔に、国債に係るオークションの理論および実証研究について紹介しました。冒頭でも申し上げましたが、本稿は石田・服部(2020)の要約版になります。日本国債に係る制度やより詳細な学術研究を知りたい方はぜひそちらをご一読いただければ幸いです。参考文献石田良・服部孝洋(2020)「日本国債入門―ダッチ方式とコンベンショナル方式を中心とした入札(オークション)制度と学術研究の紹介―」PRI Discussion Paper 20A-06 ファイナンス 2020 Jun.65シリーズ 日本経済を考える 101連載日本経済を 考える

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