ファイナンス 2020年6月号 No.655
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勝者の呪いが顕著なケース前出の勝者の呪いが顕著な場合は、コンベンショナル方式よりもダッチ方式の方が発行体の期待収入が高くなることが知られています(Milgrom and Weber, 1982)。勝者の呪いの実例については、前出のとおり、Nyborg et al. (2002)がスウェーデンの国債オークションで示唆しています。入札参加者の間での共謀が深刻なケース入札参加者の間での共謀が深刻であればダッチ方式よりもコンベンショナル方式の方が発行体の期待収入が高くなることが知られています(Wilson, 1979; Back and Zender, 1993)。共謀の実例についてはUmlauf (1993)が、メキシコの国債オークションの結果から、大型投資家の間で共謀があった可能性を報告しています。スクイーズ(買占め)が深刻なケーススクイーズが深刻であればコンベンショナル方式よりもダッチ方式の方がオークションの参加者のリスクを軽減できることが知られています(Nyborg and Sundaresan, 2004)。発行体にとっても、スクイーズが深刻である場合、十分な参入が得られないなどの不都合が生じる可能性があり、スクイーズが少ない状況は望ましいといえます。入札者の国債に対する評価額に係る異質性入札者の国債に対する評価額にどのような異質性があるか(つまり、国債の入札に際してどの程度意見の差異が発生しうるか。)によってもどちらの入札方式が望ましいのかが変わってくる可能性があります。まず、入札者の国債に対する評価額に異質性が少な*17) 専門的に言えば、入札者の私的価値が同一の確率分布に従うといいます。*18) リスク中立性や、買占め防止のための応札上限が設定されている等の条件。い*17等*18の条件が満たされる場合は、発行体の収入はコンベンショナル方式の方が高くなることが知られています(Ausubel et al., 2014)。また、参加者の差異が小さい場合、ダッチ方式では参加者が共謀しやすくなるため、やはりコンベンショナル方式のほうが望ましいことが理論的に指摘されます。他方で、異質性が大きいなどの条件が満たされる場合はその逆が成り立ち、ダッチ方式の方が発行体の期待収入が増します。オークション理論によるインプリケーションと実際の政策の関係上記では勝者の呪い、入札参加者の間での共謀、スクイーズなどが深刻なケースについて理論的帰結を述べました。いずれも理論的には興味深い結果ですが、極端なケースを考えているため、現実に当てはめる際には一定の留意が必要です。その一方で、現在のオークションの制度は学術研究からみても、その問題に対処するような設計がなされていると解釈することもできます。例えば、2004年からは日本国債の発行に際してWI(When Issued)取引が実施されています。WIとはオークションの前に約定を行い、発行日以降に受渡を行う取引を指しますが、このことはオークション前に参加者が参照できる価格を提供することで、オークションにかかる不確実性が低減し勝者の呪いの恐れを低下させる機能を果たしているとも考えられます。共謀のリスクについては、我が国国債市場では十分な数のプライマリー・ディーラーが存在している他、プライマリー・ディーラー以外も入札に参加できるため、そのリスクは相対的に低いと考えられます。スクイーズについても、財務省は流動性供給入札により追加的に既発の国債を供給しているなどの措置を採っています。BOX コンベンショナル方式とダッチ方式日本国債の発行価格や金利は高値(低金利)で発行したい発行体と安値(高金利)で購入したい参加者の間の綱引きで決まるのですが、現在は、40年債と物価連動国債を除き、「コンベンショナル方式」と呼ばれる発行方法が用いられています。一方、40年債と物価連動国債については「ダッチ方式」と呼ばれる方法で発行されています。 ファイナンス 2020 Jun.63シリーズ 日本経済を考える 101連載日本経済を 考える

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