ファイナンス 2020年6月号 No.655
66/84

す。複数財の中でも同質の財を売るオークションを特に、「同質財オークション」と呼びます。本稿では国債を対象としていることから、以下では複数財オークションの中でも同質財オークションを前提に議論を進めます。国債の実務ではコンベンショナル方式とダッチ方式という2方式が併用されます。コンベンショナル方式は応札された札について高い価格から順番に落札していく(各落札者が自ら入札した価格で国債を取得する)一方、ダッチ方式は目標額に達する価格で全銘柄を発行(最も低い価格を落札者に一律に適用)する方式です(詳細はBOXを参照ください)。これらはオークション理論のテキストでは同質財オークションの方法として紹介されます。気を付けてほしい点は、日本国債の実務ではダッチ方式やコンベンショナル方式という用語が用いられるものの、オークション理論では、それぞれuniform price auctionとdiscriminatory price auctionという用語が用いられる点です。また、オークション理論ではuniform price auctionを「均一価格方式/均一価格オークション/一律価格オークション」、discriminatory price auctionを「差別価格方式/ビット支払いオークション」などと訳することから、日本語でオークションの教科書や論文を読んだ際、コンベンショナルやダッチなどの用語が見られないケースが少なくありません。我々が気になる点は、複数の同質財を対象としたコンベンショナル方式とダッチ方式においても収入同値定理が成立するかどうかです。まず、オークションそのものは一定の類似性を有します。コンベンショナル方式は落札に成功した場合は自分の応札した価格を支払うため、第一価格入札方式と一定の類似性を見出すことができます。また、ダッチ方式は落札に成功した場合、必ずしも自分の入札した価格を支払うことになるわけではないため、二番目の価格を支払う第二価格入札方式と似ていると解釈することもできます。しかし、前節で議論した収入同値定理は、あくまでも私的価値に基づく単一財のオークションを前提としています。前述のように、日本国債のオークションの*16) 実務的にはコンベンショナル方式の採用例の方がやや多いです(Brenner et al., 2009)。場合、複数財のオークションを行っているなど、第一価格入札方式や第二価格入札方式で議論した前提と必ずしも一致していないことから、収入同値定理はコンベンショナル方式とダッチ方式の間で成立しているとはいえません。坂井(2013)でも、「複数財オークションの場合、収益同値定理はきわめて限定的にしか成り立たず、ほとんど意味を持ちません」(p.209)と注意を促しています。また、前述のとおり、第二価格入札方式は「入札者は自分の評価額をそのまま入札することが最適な戦略になる」という長所(耐戦略性)を持ちますが、国債の入札におけるダッチ方式にはこのような性質はありません(同質財オークションで耐戦略性を有するヴィックリー方式と呼ばれる入札方式も理論的には知られていますが、筆者の知る限り、実際に国債の入札に用いている国はありません。)。しかも、ダッチ方式とコンベンショナル方式のどちらが理論的にみて発行体の収入を高めるか、効率的な配分が可能であるかなども明らかにされているわけではありません。実際に先進国でもコンベンショナル方式とダッチ方式が混在しています*16。先ほどは導入として単一財における第一価格入札方式や第二価格入札方式を紹介しましたが、国債のオークションの理論研究では、実際の国債のオークション方式であるコンベンショナル方式とダッチ方式を比較し、どのような条件下ではどちらの方式の方が発行体の利益の増加に繋がるのかといった観点などから分析が行われています。そこで以下では、コンベンショナル方式とダッチ方式について理論的に指摘されていることに関し、要点をしぼって紹介していきます(ここでは結論だけ言及してますが、そのメカニズムについて関心がある読者は石田・服部(2020)を参照してください。)。なお、Brenner et al. (2009)は各国のデータを用いたうえで、英米法に基づく国やマーケット・メカニズムの比重が大きい国はダッチ方式を用いる傾向があり、大陸法に基づく国やマーケット・メカニズムの比重が小さい国はコンベンショナル方式を用いる傾向があることを指摘しています。62 ファイナンス 2020 Jun.連載日本経済を 考える

元のページ  ../index.html#66

このブックを見る