ファイナンス 2020年6月号 No.655
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す。これを「収入同値定理」といいます。この定理によれば、少なくとも発行体は期待できる収入額の点からはオークションの仕組みについて殆ど気にしないで良いことが分かります。実際、上記の例をみれば、どちらの方式でも発行価格が100円になっており、売り手の収入は同じになっています。国債の場合、発行体からみれば「期待できる収入」とは「調達コストを抑えること」に相当するため、収入同値定理は発行体にとっても重要な定理であるといえます。2.3 共通価値これまで個々人が財に対して異なる評価額を有することを前提とする「私的価値」に基づき議論を進めてきましたが、国債のオークションでは、「共通価値」に基づいて理論が構築されることもあります*13。「共通価値」とは全ての入札者がオークションの対象となる財の価値を同じように評価するという仮定です。国債のように将来のキャッシュフローをもたらす有価証券については、人々がその価値を同じように評価するという「共通価値」の要素が強いとみることもできましょう。「私的価値」に基づく議論では他社の評価額を知ったとしても、自分の評価額は変わらないと想定しましたが、「共通価値」を用いることで、他社の評価が自分の評価に影響を与える状況も描写することができます。例えば、国債を転売するプライマリー・ディーラーの立場にたってオークションを考えてみましょう。プライマリー・ディーラーは国債をオークションで取得した後、その国債を転売することにより収益を挙げることを目論んでいるとします。この場合、プライマリー・ディーラーが国債を望むのではなく、転売目的であるため、「他社の評価が自分の評価に影響を与える」という事例であり、その意味で、私的価値というより、共通価値の色彩が強くなりえます。入札者が私的価値ではなく、共通価値に基づいて入札を行う場合、一般的に収入同値定理は成立しません。例えば、Milgrom and Weber(1982)は、共通価値に基づいた場合、第二価格入札方式の方が第一価*13) 共通価値についてより詳細を知りたい人は上田(2010)などを参照してください。*14) 専門的にはこのことはリンケージ原理(linkage principle)と呼ばれる定理から導かれます。*15) 複数財のオークションの詳細についてはハバード・パーシュ(2017)やKrishna(2009)などを参照してください。格入札方式よりも発行体が期待できる収入額が大きいことを示しています*14。共通価値を用いることで、オークションにおける「勝者の呪い」を取り扱うことも可能になります。前述のとおり、プライマリー・ディーラーが国債の入札に参加する際、国債が幾らで転売できるのかを予想した上で入札することになります。しかし、予想価格をそのまま入札価格にしてしまうと、落札に成功した買い手は高値掴みして却って損をしてしまう可能性があります。これはオークションで国債を落札できたにもかかわらず、プライマリー・ディーラーは損をしてしまう皮肉な状況であるがゆえ、経済学では「勝者の呪い」と称されます。したがって、勝者の呪いを避けるために、プライマリー・ディーラーは初めから予想価格よりも低めの価格で入札を行う可能性が生まれます。その場合、発行体は本来であれば得られたであろう収益を得られなくなる可能性もあります。勝者の呪いについては、例えばスウェーデンの国債オークションに於いて実際に起こっていた可能性がNyborg et al. (2002)により示唆されています。2.4  複数財オークション(特に同質財オークション)これまで第一・第二価格入札について取り上げてきました。これはオークション理論を勉強した際に最初に目にする入札方式ですが、これはあくまで単一財を前提としています。前述のとおり、収入同値定理は入札対象である財が1つである場合を念頭に置いていますが、国債の入札を始め、実際の入札ではある財を複数個、販売するようなケースがあります。このようなオークションをオークション理論では、「複数財オークション」といいます。*15。同質財オークションとしてみたコンベンショナルおよびダッチ方式国債のオークションは、複数財オークションではありますが、例えば、一度に10年国債を複数売るという意味で、同質の財を複数販売していると考えられま ファイナンス 2020 Jun.61シリーズ 日本経済を考える 101連載日本経済を 考える

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