ファイナンス 2020年6月号 No.655
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第一価格入札方式入札者は各々応札価格を決めて封をして提出し*4、一番高値で応札した投資家が落札し、その応札価格を支払うとしましょう。このような入札方法を「第一価格入札方式」といいますが、A社にとって望ましい応札価格は幾らでしょうか。経済学では、このように意思決定者が不確実性に直面した場合、確率を用いることで意思決定者がどのように行動するかについて分析を行います。例えば、ここでは4社の評価額が97円以上、102円以下の範囲でランダム*5に分布していることが公知であったとしましょう。4社は相手の応札価格を想像しながら自分の応札価格を決めていく必要がありますが、実は一定の想定の下でA社の最適な戦略を呈示することができます。意思決定者がその不確実性を考慮したリターン、すなわち、期待利得(落札確率×利得)が最大になるように応札価格を決めることを想定すると*6、最低金額(ここでは97円)に自分の評価額(A社の場合、101円)と最低金額(97円)の差の34倍を加算した価格を入札することが最適*7な戦略であることを証明できます(証明の詳細は石田・服部(2020)を参照してください)。具体的には、A社にとってこのケースでは97円+(101円-97円)×34=100円で応札することが最適な戦略になります。同様にB~D社についても最適な入札額を計算できますが、A社の評価額が一番高いことからA社が落札するため、財務省はA社の応札価格である100円で国債を売ることができます*8。なお、この結果は入札参加者が4人であることに依存しています。一般的に入札参加者がN人であれば、入札者*4) このように封をして、他の参加者の札が分からないオークションを「封印型オークション(sealed bid auction)」といいます。一方、オークションの価格を参加者が把握可能なオークションを「公開型オークション(open bid auction)」といいます。*5) 専門的にいえば、一様分布であるといいます。*6) もっともリスク回避的であることを仮定する場合など、必ずしも期待利得を最大化するように行動しない投資家を想定することもありますが、本稿では簡明な説明のため、期待利得最大化の場合のみを紹介します。*7) ここでは自分以外の者も同様に合理的に行動すると仮定した場合、このような合理的な戦略を採るのが最適であるということを意味しています(専門的にはベイジアン=ナッシュ均衡であるといいます。)。*8) 一般的に、このような場合、評価額が一番高い人の評価額の期待値は97円+(102円-97円)×NN+1=97円+5円×45=101円となるので、発行体 の期待収入は97円+(101円-97円)×34=100円となります。*9) 共謀がある場合などはこの理論が破綻することがあります。*10) 自分の評価額より低い額で入札しても自分の支払額は変わらず、ただ落札できる確率が下がるだけなのでメリットはありません。また、自分の評価額より高い額で入札しても、それで新たに落札できるようになった時には自分の評価額より高い額を支払う必要があり、却って損をします。よって自分の評価額をそのまま入札するのが最適な戦略となります。ここでは、第一価格入札方式の場合とは異なり、自分以外の者がどんな戦略を立ててきても自分は自分の評価額を入札することにより落札確率×利得を最大化することができるので、自分の評価額を入札することが支配戦略ということになります。 *11) 一般的に、このような場合、評価額が二番目に高い人の評価額の期待値は97円+(102円-97円)×N-1N+1=97円+5円×35=100円となるので、 発行体の期待収入も100円となります。*12) 単一財オークションにおいて収入同値定理が成立するためには①全ての入札者はリスク中立的、②共通した分布関数から互いに独立に私的価値を得る、③最も高い私的価値を持つ者が落札し、最も低い私的価値を持つ者の期待利得はゼロである、といった前提条件が置かれています。この中で最も強い前提は「互いに独立に私的価値」の部分であり、したがって、転売などを念頭に置いているオークションの場合は他人の評価額によって自分の評価額も影響を受けざるを得ないため、必ずしも収入同値定理は成立しません。国債を始めとする有価証券のオークションの場合にも、当然に転売も念頭に置かれていると考えられるため、一般的にこの収入同値定理の前提条件が満たされているとは考え難いです。は最低金額(97円)に自分の評価額(A社の場合、101円)と最低金額(97円)の差のN-1N倍を加算した価格を入札することが最適な戦略になることも示すことができます。第二価格入札方式次に第二価格入札方式を考えます。第二価格入札方式も、各々応札価格を決めて封をして提出した上で、一番高値で応札した人が落札するところまでは第一価格入札方式と同じです。第二価格入札方式が面白い点はその人の支払額が二番目に高値で応札した人の応札価格に基づく点であり、理論的*9に入札者は自分の評価額をそのまま応札することが最適な戦略となる点です*10(これを「耐戦略性」といいます)。先ほど挙げた国債の入札において、今度は財務省が第二価格入札方式に基づき実施したとします。各社の最適な行動は素直に自分の評価額を表明することですから、A社は自分の評価額である101円で応札し、B社も自分の評価額である100円で応札します。結果的に、A社は落札に成功し、B社の応札価格である100円を払うことになります*11。収入同値定理私的価値に基づく単一財オークションについて第一価格入札方式と第二価格入札方式を考えてきましたが、我々が気になる点はこの二つの方式のどちらが優れているかです。驚くべきことに、実は一定の条件*12の下、どのようなオークションを行っても発行体が期待できる収入額は一定であることを証明できま60 ファイナンス 2020 Jun.連載日本経済を 考える

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