ファイナンス 2020年6月号 No.655
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ション理論の観点から、3章ではオークションに係る実証的研究の観点から国債オークションを紹介します。4章はまとめです。2.国債のオークション理論2.1 国債のオークションと情報の非対称性国債の発行においてオークションを行う本質的な理由は、日本政府側からみれば国債の買い手の有する情報を十分に把握していない、つまり経済学の言葉でいうと「情報の非対称性」*3があるからです。そもそもオークションとは財やサービスを売る際、買い手側からのアクション等を踏まえて値決めを行う仕組みです。もし売り手が買い手の情報を全て知っていたのであれば、わざわざオークションなどせずとも、最も高い値段で買ってくれるであろう買い手のところに行って、直接財やサービスを売れば良いわけです。それをしないでオークションを行うのは、売り手が買い手の情報を全て知っているわけではなく、むしろオークションという手法を通じて、買い手の有する情報を入札価格という形で自発的に開示してもらい、それを通じて売り手が値決めを行おうと考えているからに他なりません。売り手よりも買い手の方がその商品の価値を熟知していたとしても全く不思議ではありません。国債の入札に際しては、マーケットの現場にいるプライマリー・ディーラーや投資家のほうが発行体である政府より国債の価値を理解している可能性は高いとみることもできます。この状況は前述した情報の非対称性が問題になっている局面といえましょう。そのため政府は投資家が有する情報を自発的に開示してもらうという意味でオークションをうまく設計する必要があるわけです。大切な点は、オークションによって投資家が自分の情報を自発的開示してくれるかどうかはその仕組みの巧拙に大きく依存する点です。極端な例ですが、例えば財務省が国債を発行する際、投資家が1人しかいないことが予め投資家には分かっていたとしましょう。もし買い手が内心では国債に100円払っても良いと*3) 情報の非対称性とは、買い手と売り手の間に情報の格差があることを示す経済学の専門用語です。思っていたとしても、この状況下では投資家は最低価格である1銭で入札し、落札することになるでしょう。こうなると、発行体である財務省は本来であれば買い手の評価額付近の価格で発行することにより多くの資金調達をできる可能性があったのにもかかわらず、その資金が調達できないことになってしまいます。2.2  「私的価値」を用いたオークション理論の基礎ここから国債のオークションにおいて投資家がどのように価格を開示していくかを考えるため、オークションの仕組みについて具体的に考えていきます。我々が目にする典型的なオークションは1つの財に対して複数の参加者が入札し、最も高値を入れた者が落札するような仕組みです。このようなオークションを「単一財オークション」といいます。ここではまずはオークションの参加者個々人が、ある財に対して有するそれぞれの評価額に基づき意思決定すると想定します。このような評価を「私的価値」といいます。例えば、オークションでコンサートのチケットを1枚販売するケースにおいて参加者が私的価値に基づき評価しているとしましょう。この場合、このオークションの参加者の中には、チケットを非常に欲している人やあまり欲しいと思わない人など、チケットという財に対して異なる評価をする人達がいる(チケットという財に対する評価が分かれている)状況を想定しています。私的価値について国債を事例に考えてみます。財務省が10年債を1銘柄発行しようとしており、4社の投資家が入札に参加するケースを取り上げます。この10年債については、A社は101円までなら払って良いと内心考えているとします。同様にB社は100円、C社は99円、D社は98円までなら払って良いと考えているとしましょう。みな、自分が幾らまでなら払って良いかは分かっているのですが、他社の心の内は分かりません。私的価値の前提下では、他社の評価額が幾らであっても自分の評価額は変わらないとします。 ファイナンス 2020 Jun.59シリーズ 日本経済を考える 101連載日本経済を 考える

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