ファイナンス 2020年6月号 No.655
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ここから「権利行使価格=スポット価格」という特殊ケースを考えていきます。まず、「権利行使価格の現在価値=権利行使価格+(現時点から満期日までの)キャリー」*25であることを考えると、(3)は「プット-コール=―(スポット価格-権利行使価格-キャリー)」となります(「キャリー=受取利子-レポ・コスト」ですが、詳細は服部(2020b)をご参照ください)。また、ここでは「権利行使価格=スポット価格」を考えていますから、この式から「プット-コール=キャリー」という関係を導出することができます。式(1)における「プット」と「コール」はオプションの購入者が支払うプレミアムでしたから、この式が意味することは「権利行使価格=スポット価格」のケースにおいてシンセティック・ショートのポジションを作る際、現時点から満期日までのキャリーを支払う必要があることを意味します。このように「権利行使価格=スポット価格」のケースにおいて、シンセティック・ショートが「プット-コール=キャリー」で示されますが、この取引の相手方は逆にシンセティック・ロングになり、キャリーを受け取ることになります。すなわち、シンセティック・ロングは「コール-プット=-キャリー」と表現できます。そもそも、国債現物を現在から(シンセティック・ロングと期間が同じ)満期日までロングした場合、国債の利子を受け取り、その調達コストとしてレポ・コスト*26を支払うため、(同期間の)キャリーを受け取るわけです。よって、「権利行使価格=スポット価格」のケースにおけるシンセティック・ロングを構築してキャリーを受け取ることと、(同期間)国債をロングすることのリターンは等しく、その間に裁定が働いていることが確認できます。投資家がシンセティック・ショートのポジションを作る際、キャリーを支払う必要がある理由として、シンセティック・ショートはシンセティック・ロングの逆の取引であると考えれば直感的に理解できると思います*27。実務的には、シンセティック・ショートをする投資家は証券会社などのマーケット・メイカーにキャリーを支払うことでこのポジションを構築することができます。具体的には国債現物のオプションでシンセティック・ショートの取引をする場合、ある権利行使価格(前述のとおりスポット価格とすることがほとんど)を決めて、キャリーの計算に必要なレポ・コストを勘案し、証券会社などのマーケット・メイカーはプライスを提示します。ちなみに、詳細はハル(2016)などに譲りますが、ファイナンスのテキストではプット・コール・パリティは複利を用いて定義することがほとんどです。もっとも、国債の利払いは半年毎に支払われるほか、そもそもフォワード取引やシンセティック・ショートなどが1 か月未満など短い期間で取引されることが多いため、実務的にクーポンの再投資や複利を考えることはほとんどない点に注意してください。*25) キャリー(=受取利子-レポ・コスト)で調整している理由は、t時点でT時点までのファンディング・コスト(レポ・コスト)を支払う必要がある一方、t時点でキャッシュを保有することで、T時点まで利子収入を得られるからです。実務的にはT+1でこの取引を行います。*26) 国債を担保にした資金調達はレポ取引と呼ばれ、その時の調達コストをレポ・コストといいます。レポ取引の詳細は服部(2020a)を参照ください。*27) シンセティック・ショートの注文をうけた業者はシンセティック・ロングのポジションを有するため、そのヘッジを行うため、例えば当該現物をショートすることでヘッジします。レポ取引を通じて国債現物をショートする場合、例えば、ショート・ポジションをオーバーナイトでロールしていくため、そのリスク要因としてレポ・コストの変動があります。そのリスクをヘッジするため、業者はシンセティック・ショートを行う投資家にレポ・コストを含むキャリーを求めていると解釈することもできます。日銀(1995)は「業者は顧客のシンセティック・ショート実施に伴い発生するシンセティック・ロング・ポジションを現物の空売りでカバーする必要があり、品借料(および売却代金の短期運用と長期金利<直利>との差<順イールド下では逆ザヤ>)が一部顧客負担となることから通常は品借料等を控除したベース(ネット)で顧客が業者にプレミアムを支払う形となる」(p.82-83)と指摘しています。参考文献[1].佐藤茂(2013)「実務家のためのオプション取引入門」ダイヤモンド社[2].ジョン・ハル(2016)「フィナンシャルエンジニアリング〔第9版〕―デリバティブ取引とリスク管理の総体系」きんざい[3].服部孝洋(2020a)「日本国債先物入門:基礎編」ファイナンス1月号、p.60–74.[4].服部孝洋(2020b)「日本国債先物入門―日本国債との裁定(ベーシス取引)とレポ市場について―」p.70–80.[5].服部孝洋(2020c)「国債先物オプション入門 ―オプション市場からみた 金利リスクについて―」p.38–42.[6].日本銀行(1995)「オプション取引のすべて―デリバティブズ取引とリスク管理」金融財政事情研究会48 ファイナンス 2020 Jun.国債先物オプション入門SPOT

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