ファイナンス 2020年6月号 No.655
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巻頭言ポストコロナの家族のあり方東京大学教授山口 慎太郎新型コロナウイルスの感染拡大は、私達の生活を一変させた。感染防止のために、何よりも人と人との接触を避けることが求められるようになり、様々な社会活動が制限された結果、経済も停滞におちいっている。感染症を恐れずに生活できるようになるには、ワクチンの開発と普及が必要であるが、それには早くても2-3年はかかると言われている。コロナ禍が収束するまでには、病そのものだけでなく、社会・経済活動の停滞に伴って多くの人が苦しめられる。しかし、その先に待っているのは決して暗い話だけではない。むしろ、暗いトンネルを抜けた先に訪れる変化は家族にとって好ましいものだろう。今回の感染症対策で働き方は大きく変わり、多くの企業・組織でテレワークが広く取り入れられた。調査によって数字は異なるものの、パーソル総合研究所によると、4月上旬時点でのテレワーク実施率は全国で28%、東京都では49%にも達しており、こうした流れは労使双方に好意的に受け止められている。この調査によると、53%の社員はテレワークを継続したいと答えており、中でも20-30代は6割超がテレワーク継続を希望している。経営者の間でもテレワークの継続に前向きな声がある。たとえば、日本電産の永守重信氏は、これまでテレワークを信用していなかったが、今後はテレワークをどんどん取り入れる劇的な変化が起きると日本経済新聞のインタビューに答えている。テレワークには、通勤時間が節約できる、自宅でリラックスしながら働けるといったメリットがあるが、その中でも大きいのは時間の融通をきかせられるという点だ。米大手企業のIT部門内で行われた実証実験では、従業員が自身の時間を管理できるようになることで、ワークライフバランスが改善することが示されている。この実験では、部門内の56のチームの半数程度を無作為に選び「働き方改革」を行う一方、残りの半数程度は従来どおりの勤務体制を敷く。「働き方改革」では、従業員が自身の時間を管理できるようになるほか、管理職は部下のワークライフバランスを促進するための研修を受ける。実験の結果、従業員が家族と過ごす時間が増え、仕事が家族関係に及ぼす悪影響が減少しただけでなく、子育てなど家庭の事情が仕事に支障をきたすことも減ったことがわかった。一方で、労働時間に変化は見られず、仕事から感じるプレッシャーにも一定の減少がみられた。つまり、ワークライフバランスが改善され、家族にとっても仕事にとっても好ましい変化が起きたのである。これは働く親、特に女性が社会で活躍する上で有利な変化といえるだろう。もちろん、ポストコロナにおいては男性の家事・育児参加も進むだろう。コロナ禍で学校が閉鎖される一方、テレワークが進められたため、平均的には男性の家事・育児時間は伸びたと思われるが、これは一時的な変化にはとどまらないだろう。たとえば、カナダでは男性が6週間程度育休をとった結果、3年後の家事・育児時間が2割近く増加した。スペインでも2週間の育休取得が、その後の男性の育児時間を伸ばしたことが報告されている。一時的な経験に見えても、それがライフスタイルの変化をもたらすという事例は少なくないのだ。私達が安心して過ごせるようになるまでには、まだ時間がかかるだろう。しかし、その先に待っている社会は、これまでよりも「家族の幸せ」に資するものなのだ。ファイナンス 2020 Jun.1財務省広報誌「ファイナンス」はこちらからご覧いただけます。

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