ファイナンス 2020年6月号 No.655
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タイから日本への輸出における品目毎のAJCEP利用額/JTEPA利用額を被説明変数とし、説明変数に両協定の品目毎の関税マージンの差、原産地規則の厳格性の差を用い、導き出される定数項が主に累積制度の違いを示していると解釈している。その結果、AJCEPの累積制度に約4%の貿易創出効果があるとの見解を示した。類似の研究としては、Bombarda&Gamberoni (2013)が、Cadot, Carrere, Melo&Tumurchudur (2006)の原産地規則指標を用いて、累積制度が原産地規則の貿易に対するマイナスの影響を緩和することを実証している。さらに、このような累積制度の重要性を提言する研究として、早川(2018)は、在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査(JETRO)から入手した2010 年から2013 年における、在ASEAN 日系現地法人(製造業)に関する情報を用いて、FTA 利用が生産ネットワークを局所化し、現地調達率上昇及びそのためのコスト上昇をもたらすと分析している。具体的には、現地法人毎の現地調達率を被説明変数、FTA利用ダミーを説明変数に用いて係数が有意に正であることを示している。この結果から、FTA 利用が生産ネットワークに与える負の影響を解消・軽減するには、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)*31のように多くのメンバー国により構成されるメガFTAを構築し、累積規定を設けることが重要であると提言している。3.5 様々なコストとEPA利用率このほか、Hayakawa, Laksanapanyakul and Urata (2016)は、原産地規則を含むFTA利用コストを算出している。同研究では、2008年のタイの輸入通関個票を用いて、原産地証明書の発給手数料や原産地規則充足のための原材料調達先変更コストなどを計測したところ、中国からタイへの輸入におけるFTA利用の年間コストの中央値は、1企業あたり約2000米ドル、オーストラリアからは約300米ドル、日本からは約1000米ドルであると結論づけた。このコストの計測方法は、生産性の高い輸出者ほど年間輸出額が大きく、FTA利用により節減可能な関税額が大きいためにFTA利用率が高い傾向があることに着目して*31) 東アジア地域包括的経済連携(Regional Comprehensive Economic Partnership)の略。ASEAN10か国+6か国(日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド)が交渉に参加する広域経済連携(経済産業省, 2020)。いる。関税削減額がFTAコストと同額になるカットオフポイントが存在すると仮定し、タイの輸入統計細分8桁毎に、1企業が1年間に輸入するMFN輸入額の最大値とFTA利用輸入額の最小値の平均から当該カットオフポイントを見出し、その金額に関税マージン(%)を掛けることで関税削減幅の閾値(すなわちFTA利用コスト)を計算している。同様に、Hayakawa, Jinji, Matsuura and Yoshimi(2019)は、2012年から2016年における、スイス、チリ、インドネシア、インド、メキシコ、ペルーからの日本の輸入貿易統計を用いて、Demidova and Krishna (2008)のモデルによりEPA利用コストを算出した。その結果、原産地規則を満たすための調達先変更コストが約2%であり、証明書取得コストを含むトータルコストが製品1ユニット当たり生産コストの約4~8%であると報告している。当該EPA利用コストのうち、原産地規則の変更は国家間の再交渉を伴うため速やかな低減は困難であり、それ以外の(各国独自の)固定費用を低下させることがEPA利用率向上の方策であると示唆している。3.6 関税マージンとEPA利用率関税マージンとEPA利用率の関係について踏み込んだ最新の研究としては、Hayakawa, Urata and Yoshimi (2019)がある。これは、相手国との間に競合するEPAが複数存在する場合に、同じ品目に対する一方のEPAの関税率が、他方のEPAの利用率に影響を与えることを実証したものである。具体的には、2012年から2015年における、AJCEP及び二国間EPA(マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ及びベトナム協定)相手国からの日本の輸入貿易統計を用いて、品目毎の各EPA利用率を被説明変数とし、AJCEP及び二国間EPAの関税率と輸入総額を説明変数として回帰分析を行っている。その結果、AJCEPはAJCEP自身の関税率が高いほどAJCEP利用率が下がると同時に、代替手段である二国間EPAの関税率が高いほどAJCEP利用率が有意に上昇した。同様に、各二国間EPAについても代替手段となるAJCEPの関税率が、二国間EPAの利用率に影響を与えることが示されている。 ファイナンス 2020 Jun.33経済連携協定(EPA)利用率の決定要因 SPOT

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