ファイナンス 2020年6月号 No.655
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原産地規則の厳格性、関税削減率及びFTA利用1件あたりの平均貿易額がFTA利用率に与える影響を分析し、より厳格な原産地規則がFTAの利用率を引き下げることを実証している。Hayakawa, Kim, & Lee (2014)も、Estevadeordal(2000)を修正した指標を用いて原産地規則を7段階で数値化し、韓国の輸入統計(10桁の統計品目別)を用いて、原産地規則の厳格性、関税マージン及びFTAを利用した輸入1件あたりの各品目の平均貿易額が、韓国ASEAN・FTA(KAFTA)の利用率に与える影響を分析している。その結果、同3つの説明変数のうち、「輸入1件あたりの平均貿易額」が最もFTA利用率に正の影響を与えること及び原産地規則の厳格性が1段階上がる毎に、FTA利用率が約1~3%引き下げられることを明らかにした。類似の手法を用い、対象を絞った精緻な分析を行ったものとしては、中岡(2017)がある。これは、日本の13のEPAについて、紡織用繊維及びその製品(HS第11部)に対象を限定し、Harris(2007)の指標を元に原産地規則の厳格性を16段階で数値化し、原産地規則がEPA利用率に与える影響を分析したものである。品目毎の関税マージン、輸入額、原産地規則の厳格性を説明変数とし、一人あたりGDP、国家間の距離、中間財と最終財の別をコントロール変数として投入した。その結果、原産地規則の厳格性が1段階上昇する毎に5%EPA利用率が押し下げられることを報告している*28。これら多くの研究は、EPA利用促進のための政策提言として、原産地規則の「緩和」及び「調和化」を挙げている。大幅な「緩和」は国内産業保護や迂回輸入による関税回避を防止する観点から容易ではないと考えられるが、「調和化」については、EPAが広域化し、既存の2国間EPAについても広域EPAの規則に合わせた再交渉が将来的にできれば、汎欧州の例に見られるように、ルールを収斂できる可能性もあろう。この点、複数のFTAの原産地規則を調和化させることが、FTA利用促進に寄与することを実証した研究*28) なお、水尾(2019)では、EPAのみならず一般特恵制度の原産地規則にも同様の効果があるか否かについて検証している。同研究では、Cadot, Carrere, Melo&Tumurchudur (2006)の原産地規則指標をもとに一般特恵制度の一般規則及び品目別規則を7段階に数値化し、97か国・地域からの2013~2016年の日本の輸入統計を用いて回帰分析したところ、1%の関税マージンは特恵利用輸入額3.2%の増加をもたらし、原産地規則の1段階上昇は特恵利用輸入額を19.2%押し下げることが示された。*29) FOB(Free on Board=本船渡し)価格とは、インコタームズ(国際貿易取引条件)の一つで、輸出港で買い手(輸入者)の指定する船舶に貨物を積み込むことによって契約が終了する場合の価格であり、運賃および保険料を含まない。*30) CIF(Cost Insurance and Freight=運賃保険料込み条件)価格とは、FOB価格に運賃・保険料を加えた価格である。がある。Hayakawa & Laksanapanyakul(2017)は、タイの輸出通関個票を用いて、AJCEPを含む6つの「ASEAN+1」FTAにおける共通の原産地規則が、2011年のタイからの輸出におけるASEAN–Korea及びASEAN–China FTAの利用率に与える影響を分析し、原産地規則の調和化がFTA利用コストを削減させることを実証している。ただし、コスト削減の程度は原産地基準の類型により異なるとしており、特に、関税分類変更基準と付加価値基準の選択制ルールへの調和化は、複数のFTA枠組の利用率に正の影響を与えることを示した。一方、Hayakawa, Kim and Yoshimi (2017)は、ASEAN–Korea FTAの利用率に対する原産地規則の影響を別の角度から分析している。具体的には、輸出国と輸入国(韓国)の為替レートが変化した際に、原産地規則のうち付加価値基準が実質的に変化することでFTA利用率が変化することを示している。原産地規則における付加価値基準の控除方式は、FOB*29輸出価額分の(輸出価額-非原産材料(原則CIF*30))が一定割合以上であることを要求しているところ、同じ金額で非原産材料を第三国から仕入れても、輸出国側の通貨が韓国ウォンに比して安くなれば最終輸出額が現地通貨計算では大きくなるために、実質的に原産地規則が緩和されることとなるというものである。この研究から、原産地基準のうち付加価値基準については、為替の変化に対しては不安定であり、利用者にとっての予見可能性が低いとも言える。もちろん、為替以外にも原材料や最終製品の価格は日々の市場における需要と供給の変化により絶えず変動のリスクにさらされており、為替リスクはその一つに過ぎない。一方で、付加価値基準を用いる場合は、関税分類変更基準のような原材料の品目分類を特定する作業が不要であり利用し易いとも考えられる。3.4 累積制度とEPA利用率さらに興味深いのは、Hayakawa (2014)が原産地規則のうち累積制度の効果を導出していることである。32 ファイナンス 2020 Jun.SPOT

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