ファイナンス 2020年6月号 No.655
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地規則が貿易額に与えるマイナスの影響を重力モデル*20により実証している*21。しかしながら、世界に網の目のように張り巡らされ増加し続ける地域貿易協定の様々なルールについて、Estevadeordal (2000)の単純な指標を当てはめるには限界があったため、同指標を発展させたり独自の指標を開発したりする後続研究が多数生まれた。*22 *23 *24 *25 *26*20) 貿易額は両国のGDPに比例し、距離に反比例するという理論。*21) ただし、同モデルではFTAの関税マージンが考慮されておらず、また、貿易額はFTA利用分と非利用分に区別されていない。*22) 全品目の総輸入額を分母とするもの等がある(高橋、2016)。一般特恵税率とEPAが競合するものや、輸入統計9桁品目の一部だけが譲許されている品目、EPA関税割当が設定されている品目を算入するか否かも論点となりうる。*23) 日本、シンガポール、ラオス、ベトナム、ミャンマー、ブルネイ、マレーシア、タイ、カンボジア、インドネシア、フィリピンの間の地域貿易協定。2008年署名、2010年全締約国間で発効。*24) 財務省貿易統計、経済連携協定別時系列表を参照。https://www.customs.go.jp/toukei/info/index.htm*25) 実行関税率表を参照。https://www.customs.go.jp/tariff/index.htm*26) その他の違いとして、AJCEP及び日ベトナム協定が商工会議所等による第三者証明を採用しているのに対し、CPTPPは完全自己証明を採用している。ただし、最長10年、権限ある当局が発給する原産地証明書を自己申告書の代わりに使用できる規定をベトナムのみ通報しているため(第3章附属書3-A)、実質的には第三者証明と大きく変わらない。また、ベトナム及びアセアン協定は1証明書で1回限りの輸入に有効であるのに対し、CPTPPは、12か月以内に輸入する同一貨物について複数回有効である。さらに、日ベトナム協定は2国間のみ、AJCEPは各締約国の原産品のみ累積が可能であるのに対し、CPTPPは域内の生産行為の全てが合算可能(域内完全累積)であり、原産地基準を満たしやすい。*27) 1994年、EUは各国と締結していたFTAの原産地規則を統一し、締約国間で対角累積を許容する「汎欧州原産地累積制度」を創設した。2005年にはこれを地中海諸国にも拡大し、新たに「汎欧州地中海原産地累積制度」を創設するとともに、各FTAの原産地規則を共通の「汎欧州地中海原産地規則」に置き換えていった。重層化、複雑化する原産地規則の調和化の典型的な事例として注目される。詳しくは平(2019)参照。3.3 原産地規則の厳格性とEPA利用率(2)~その後の分析手法の発展~Cadot, Carrere, Melo&Tumurchudur (2006)は、Estevadeordal(2000)の原産地規則指標を発展させ、NAFTA原産地規則及び汎欧州原産地規則*27のFTA利用率に対する影響を分析し、厳格な原産地規則がFTAの利用率を引き下げることを実証した。Kim & Cho (2010)も同様に、Estevadeordal(2000)の原産地規則指標を発展させ、韓国チリFTA等韓国が締結する4つのFTAの貿易データを用いて、EPA利用率の定義には様々な考え方がある*22。例えば、Hayakawa, Urata and Yoshimi (2019)は、EPA利用率の算出方法として、「輸入総額(全品目)を分母とし、実際のEPA利用額を分子とするもの」及び「EPA税率が最恵国待遇(MFN)税率より低い品目の輸入額を分母とし、実際のEPA利用額を分子とするもの」の2種類を提示している。後者については、(1)EPA税率とMFN税率がともに従価税かつEPA税率<MFN税率である品目及び(2)MFN税率が従量税かつEPA税率が従価税である品目と定義している(※EPAもMFNも従量税のケースは特定困難であるとして除外している)。一方、前者については、輸入総額を分母とすると、もともと関税無税の品目まで分母に算入され、利用率が過度に低くなり利用実態が見えにくくなる。したがってEPA利用可能品目の輸入額を分母として利用率を算出するのが適当であると考えられる。また、貿易される商品別(品目別)のEPA利用率算出にあたっては、当然ながらEPA利用可能品目に限定してEPA利用輸入額/総輸入額が一般に用いられている。例えば、Hayakawa, Kim, & Lee (2014)は、韓国の輸入統計10桁レベルにおいて、 MFN無税又はMFNとEPAが同税率の品目を除外した上で品目毎の利用率を算出している。さらに、同じ貿易相手国かつ同じ品目に対して設定されたEPAでも、利用率は協定によって大きな差異がある。具体的な例として、ベトナムから日本への輸入におけるEPA利用のうち、混合ジュースの一部(輸入統計品目番号2009.90-121)について見てみる。ベトナムからの同品目の輸入は、日・ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)*23、日ベトナムEPA、CPTPPの3つの協定が利用可能であるが、実際には日ベトナムEPAに利用が集中している*24。これは、同品目のMFN税率がWTO協定で譲許された19.1%であるところ、日ベトナムEPAは無税であり*25、3つの協定の中で最も関税マージンが大きいためと考えられる。一方、同じベトナムからの輸入における、さけの調製品の一部(輸入統計品目番号1604.11-010)では、上記3つの協定が全て無税であるにも関わらず、CPTPPが積極的に利用されている。これは、CPTPPのみ原産地規則が緩和されており、材料の「さけ」について締約国域外の非原産材料を使用していても、最終産品である調製品への加工を締約国域内で行っていれば、EPA税率が利用可能であることに起因すると考えられる*26。EPA利用率の考え方 ファイナンス 2020 Jun.31経済連携協定(EPA)利用率の決定要因 SPOT

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