ファイナンス 2020年6月号 No.655
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累積(モノと生産行為の累積)*18という。これらによって、本来であれば原産地基準を満たさない場合でも原産地基準を満たすことが可能となり、締約国相互において貿易の促進・拡大につながると考えられている。2.3 原産地手続次に、原産地規則を構成する「原産地手続」とは、輸入国においてEPA税率を適用するために必要となる手続きのことである。輸入国税関に対し、ある産品が原産資格を有することの証明を行う手続きとしては、図表2の3つの制度のいずれかがEPA毎に採用または併用されている*19。図表2ア第三者証明制度輸出者が輸出国の発給当局に申請し取得した原産地証明書を輸入者に送付し、輸入者が輸入国税関に当該証明書を提出する制度。日本が締結したCPTPP、日EU、日米以外のEPAで採用されている。イ認定輸出者による自己証明制度輸出国の発給当局が認定した輸出者が、インボイス等の商業書類に特定の原産地申告文を記載し、輸入者が当該書類を輸入国税関に提出する制度。日スイス、日ペルー、日メキシコで採用されている。ウ自己申告制度輸入者、輸出者、又は生産者が自ら作成した、輸入貨物が原産品である旨の原産品申告書を輸入国税関に提出する制度。輸入申告時に原産品申告書のほか原産品であることを明らかにする書類の提出が必要になることがある。日豪、CPTPP、日EU及び日米で採用されている。このように、実体規定、手続規定ともに原産地規則には特有の考え方があるが、EPAの利用とその課題を分析する上で、これらをあらかじめ把握しておくことは不可欠である。3EPA利用率の決定要因3.1 EPA利用率の決定要因協定により又は品目によりEPAの利用率には偏りがあるが、本稿の目的は、なぜそうした偏りが生じているのか、その原因を分析することである。企業がEPAを利用する主な目的は関税負担の軽減であるが、一方で協定毎・品目毎の原産地規則や証明手続を熟知する手間、原産地基準を満たすための調達先変更コス*18) すなわち、自国の原産品は締約域内の原産品であり、相手国の原産品も締約域内の原産品と考え、さらに自国の生産行為も相手国の生産行為も締約域内の生産行為として考慮する。*19) このほか、原産品が原産国から輸入国に輸送されるまでの間に原産資格を失っていないかを判断する「積送基準」を満たすことを輸入国税関に証明する必要がある。積送基準は、貨物が原産国から直送されるか、第三国を経由する場合であっても、第三国で積卸し、蔵置などの一定の認められた作業のみが行われたことを特恵適用の条件とするものである。加えて、通関後に輸入国税関から輸入者等へ質問・検査が行われる「事後確認」の手続がある。ト、税関への証明コスト、書類保存の負担、事後確認への対応コストなどが伴うため、コストがベネフィットを上回る場合にはEPAが利用されない可能性が高い。これらの要因がEPAの利用率に及ぼす影響を定量的に明らかにしようとした実証研究はこれまで数多く存在しており、以下、そのいくつかについて紹介する(なお、EPA利用率の考え方についてはコラム参照)。3.2 原産地規則の厳格性とEPA利用率(1)~原産地規則指標の誕生~関税マージンが大きければ当然ながらEPA利用のインセンティブが大きくなるが、それと並んで、原産地規則が満たしやすいものかどうかは、企業の意思決定に大きな影響を与えることが明らかになっている。例えば、Estevadeordal&Suominen (2004), Cadot, Carrere, Melo&Tumurchudur (2006), Harris (2007), Kim & Cho (2010), Bombarda&Gamberoni (2013), Hayakawa, Kim, & Lee (2014), 中岡(2017)は、原産地規則の厳格性を数値化し、被説明変数に品目毎のFTA/EPA利用率、説明変数に関税マージン、取引サイズ、原産地規則、制御変数に一人当たりGDP、国家間距離などを採用し回帰分析を行っている。その結果、関税マージンと取引サイズが大きいほどFTA/EPA利用率が押し上げられる一方、原産地規則が厳しくなるほどFTA/EPA利用率が押し下げられることを実証している。上記研究の基礎となったのは、Estevadeordal (2000)である。Estevadeordal (2000)はNAFTAの原産地規則の厳格性を数値で計るため、世界初の原産地規則指標を開発した。この初期の指標は非常にシンプルなもので、原産地基準のうち最も一般的に使用される、関税分類変更基準の「項の変更」をレベル4とし、それを中間点として、関税分類変更基準、付加価値基準、加工工程基準をレベル1から7までに振り分けている。この指標を用いて、Estevadeordal&Suominen (2004)は、155カ国の貿易データから、FTAの原産30 ファイナンス 2020 Jun.SPOT

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