ファイナンス 2020年6月号 No.655
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2原産地規則とは2.1 原産地規則の意義原産地規則とは、物品の原産国、いわゆる物品の国籍を決めるルールのことである。例えば、EPAを締約した国からの輸入について原産地を特定せずにすべての関税を撤廃してしまうと、第三国が生産した貨物まで締約国を迂回して無関税で輸入されるおそれがあり、関税の削減・撤廃はあくまで締約国原産のものに限る必要がある。また、関税政策の一つである報復関税においても、報復関税をかけるべき国からの貨物であることが重要で、実際は第三国が原産地である貨物にまで同様に報復関税をかけてしまうと、その政策趣旨に反することとなってしまう。したがって、その物品の国籍を決めるルールが必要なのである。このように、貨物の原産地を特定することは関税政策を執行するにあたって極めて重要な要素である。2.2 原産地基準原産地規則は、「原産地基準」と「原産地手続」から構成されている。このうち原産地基準とは、どのような物品に原産資格を認めるかという判断基準であり、基本的に次の3つの類型が用いられている。なお、本稿では、特にEPA原産地規則(EPA税率を適用するための規則)*9について紹介する。(1)「完全生産品」:締約国において完全に得られ、又は生産される産品。たとえば、「生きている動物であって、当該締約国において生まれ、かつ、成育されたもの」や、「当該締約国において抽出され、又は得られる鉱物その他の天然の物質」などが該当する*10。*9) 原産地規則には、大別すると「特恵原産地規則」と「非特恵原産地規則」があり、前者にはEPA税率を適用するための規則(EPA原産地規則)とGSP 税率を適用するための規則がある。一方、後者はWTO協定税率の適用や貿易統計の作成など、特恵適用以外の目的で使用される規則全てが含まれる。なお、EPA原産地規則は、EPA協定毎に締約国間の交渉によって定められている。 ただし、国際的な共通ルールとしては、非特恵に関してWTO原産地規則協定が存在するが、特恵については附属書Ⅱ において法的拘束力のない宣言を合意するに留まっている。これは、WTOウルグアイラウンド交渉において、特恵も含めた原産地規則の調和化を日本が提案したが、既に地域貿易協定を発展させていた欧州の同意を得られず、非特恵のみを対象とする協定を作成する妥協案が1990年のGATT閣僚会議で採択されたという経緯による。(Brenton&Imagawa, 2005) また、税関手続の国際標準を定める改正京都規約 の個別附属書Kには、特恵・非特恵全てを対象に、実質的変更基準などについての標準規定と勧告規定が置かれているが、原産地規則の詳細は各国に委ねられている。*10) 日EU・EPA第3・3条の例。*11) 原産材料とは、ある製品を生産するための材料で生産国の原産品であるもの。*12) 品目別規則とは、品目毎にそれぞれ設定されている実質的変更基準をまとめたものであり、各EPA協定の附属書等でまとめられている。*13) ただし、いずれの基準についても、以下の点に注意が必要だろう。①については、実行関税率表は5年に1度改正が行われるのに対し、EPAにおける品目別規則はEPA締約交渉時の実行関税率表に基づいて作成されていることから、EPA特恵税率適用時のHS番号と品目別規則のHS番号が異なりうること、②については生産工程に無関係な賃金や為替レートにより原産性の結果が左右されうること、③については「技術革新に規則の変更が追いつかない場合には、逆に新技術による生産工程が原産資格の取得の妨害となりうる」(今川・松本 2019, p.96)ことが考えられる。*14) The Harmonized Commodity Description and Coding System (HS)とは、WCOによって開発された国際的な共通の品目表である。(WCO, n.d.)*15) このほか、北米自由貿易協定(NAFTA)など統計細分の分類変更(change of items)を採用するものもある。*16) デミニミス規定は、「生産に使用した非原産材料がごく僅かであるにもかかわらず、当該非原産材料の使用が原因で品目別規則を満たさない場合に、その使用の事実を原産性審査の対象から外すことができる」という規定。*17) すなわち、自国の原産品は自国の原産品であり、相手国の原産品も自国の原産品と考えるが、相手国での生産行為は考慮しない。(2)「原産材料のみからなる産品」:一方の締約国の原産材料のみから生産される産品。これは、最終製品に直接使用される材料はすべて原産材料*11ではあるが、その原産材料の生産に非原産材料が使用されている場合を意味している。(3)「実質的変更基準を満たす産品」:非原産材料を使用して生産される産品であって、品目別規則*12に定める要件を満たすもの。実質的変更基準は、最終製品の生産に非原産材料が使用されている場合でも、元の非原産材料から大きく変化(「実質的変更」)している場合には、最終製品に原産資格を認めるというルールである(詳細な基準については図表1参照*13)。図表1*14 *15ア関税分類変更基準産品の生産に使用されたすべての非原産材料の関税分類番号(HS*14番号)が、当該産品のHS番号と異なる場合に実質的変更が起こったとする考え方。この変更には主に類の変更(2桁)、項の変更(4桁)及び号の変更(6桁)があるが*15、基準を充足する難易度としては、この中では類の変更が最も厳しく、号の変更が最も易しい。イ付加価値基準締約国内で生産される際に加えられた付加価値の比率をもって実質的変更の有無を判断する考え方。付加価値の計算方式は多様であるが、一般的な方式としては、((産品の価額)から(非原産材料の価額)を差し引いた額)を(産品の価額)で除した比率が用いられる。ウ加工工程基準締約国での生産工程において、非原産材料に特定の加工工程を行うことで実質的変更が起こったとする考え方。また、EPA原産地規則においては、補足的規定として「累積」や「デミニミス*16」などが設定されている。このうち、累積とは、EPA締約国間で、輸出国以外の国で生産された(1)材料又は(2)材料及び生産行為を輸出国のものとみなすことができる規定であり、(1)を部分累積(モノの累積)*17、(2)を完全 ファイナンス 2020 Jun.29経済連携協定(EPA)利用率の決定要因 SPOT

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