ファイナンス 2020年6月号 No.655
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1はじめに*12020年前半は、米中貿易摩擦をはじめとする保護主義の動きが過熱していたところに、新型コロナウイルスの感染拡大が経済社会に甚大な被害を及ぼすという混乱の時期であった。とりわけ、供給網の混乱や需要減がもたらす貿易の縮小、各国の自国優先主義による医療用品や食料品の輸出規制で、グローバル・サプライチェーンは大きな難局を迎えている*2。このような動きに対し、世界貿易機関(WTO)も、国際協調の欠如と世界貿易の分断が自由貿易の恩恵を損なうと危機感を募らせ、警鐘を鳴らしている*3。今回の感染拡大の問題が発生する以前から、日本は自由貿易を推進する立場で国際協調を呼びかけてきた。政府の成長戦略(2019年6月)においても、「我が国は自由貿易の旗手として、質の高いEPA*4の締結、拡大を通じて、包括的でバランスの取れた、高いレベルの世界のルール作りの牽引者となることを目指す」と謳われている。GATT/WTO体制*5における多国間の関税自由化交渉が頓挫する中、自由貿易の鍵を握るのが地域的な貿易協定である。2000年代以降、アジアを中心とする二国間経済連携協定(EPA)や環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)*6(2018年12月発効)、日EU・EPA(2019*1) 本稿の内容はすべて筆者ら個人に属し、財務省又は財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。*2) 2020年4月現在、税関の国際機関である世界税関機構(WCO)が取りまとめている各国の医療用品の輸出規制には、EU27カ国を含む64カ国の規制がリストアップされている。*3) "EXPORT PROHIBITIONS AND RESTRICTIONS"(WTO, 2020)*4) 特定の国や地域の間で、物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする協定を「自由貿易協定」(FTA)といい、FTAに加えて投資、人の移動、知的財産の保護や競争政策におけるルール作り、様々な分野での協力の要素等を含む、幅広い経済関係の強化を目的とする協定を「経済連携協定」(EPA)という。(外務省HP, 2020)*5) 1930年代の不況後、世界各国が保護主義的貿易政策を設けたことが、第二次世界大戦の一因となったという反省から、1947年にGATT(関税及び貿易に関する一般協定)が作成された(日本は1955年に加入)。GATTは、貿易における最恵国待遇等の基本的ルールを規定している。その後、貿易ルールの大幅な拡充が行われ、より強固な基盤をもつ国際機関を設立する必要性が強く認識されるようになり、1995年にWTO(世界貿易機関:World Trade Organization)が設立された。この多角的貿易体制をGATT/WTO体制と呼ぶ。(外務省HP, 2016)*6) Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacic Partnership(CPTPP):環太平洋パートナーシップ(TPP)協定から離脱を表明した米国以外の国の間で、一部条文を除く同協定の内容を実現するための協定。参加国は日本、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナムの11か国。TPP11協定とも呼ばれる。*7) フィナンシャル・レビュー第140号https://www.mof.go.jp/pri/publication/nancial_review/fr_list7/fr140.htm*8) 最恵国待遇(MFN)税率とEPA税率の差。年2月発効)といった広域EPAが、締約国間の貿易創出効果を狙って積極的に推し進められてきた。また、直近では2020年1月1日に日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定が発効しており、EPAがカバーする市場は益々拡大している。財務総合政策研究所刊行の論文集フィナンシャル・レビュー「現代国際社会における自由貿易に関する条約体制の諸相」(河野真理子早稲田大学法学学術院教授責任編集)(2019年11月)*7においても、地域主義の拡大傾向が強調されており、EPAの増加が国際貿易・投資ルールの収斂をもたらし、戦後構築されてきた普遍的な条約体制に影響を及ぼすことが示唆されている。このように、拡大する地域貿易協定の姿を多面的かつ精緻に捉えることは、国際経済を俯瞰するうえで不可欠であると同時に、制度を利用する企業にとっても、重層化するEPAをどのように選択し利用していくのかが重要な課題となっている。本稿では、原産地規則及び関税マージン*8に特に焦点を当て、EPAの利用を左右する要因を分析した先端的な研究内容を紹介する。経済連携協定(EPA) 利用率の決定要因-関税削減と原産地規則を巡る議論-財務総合政策研究所主任研究官 水尾 佑希/研究官 野田 芳美*128 ファイナンス 2020 Jun.SPOT

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