ファイナンス 2020年6月号 No.655
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統領の命令一下、外出制限措置がとられた。かつては、ミッテラン大統領による命令一下、ルーブル美術館のガラスのピラミッドや新凱旋門が造られたりしている。フランスもドイツと同じく議院内閣制と大統領制の混合形態であるが、ドイツと異なり大統領の権限が強い。それは、戦前の第三共和制の下で、議会が強く、弱い政府しか持ち得なかったことが、ドイツとの戦争の敗北につながったとの反省から、ド・ゴール大統領が米国よりも強力な大統領制(第五共和制)を導入したことによるとされている。そのような現在のフランスの仕組みは「共和制君主政治」とも言われている。フランスの大統領のカリスマ性の背景には、米国の大統領選挙にも似た仕組みで選出されることがある。日本の仕組みと異なるので理解しにくいが、要は、米国の大統領選挙の予備選挙と本選挙の組み合わせと同様の機能を果たす2回投票制が行われているのである。元自治省で自治体国際化協会のパリ事務所長も務めた山下茂明治大学教授(地方自治2002.4、第653号)によれば、フランスの大統領選挙においては、「一回目の投票で過半数を得た候補者がいない場合は、上位二人だけに絞った二回目の決戦投票が行われ、その有効投票の過半数を得た者が当選者となる。このため一回目には、相互に政治的な立場、考え方のかなり近い候補者同士が競い合うことも普通であり、その中でより多くの得票を得た者だけが二回目に残る。(中略)かくして決選投票の勝者は、有効投票の過半数を必ず獲得して、政治的な権威を身につけた上で、共和国大統領に就任する」。一回目では、同じ旧ド・ゴール派からシラク、バラデュールが争うというように、米国の予備選挙と同じような光景が展開されるというわけである。フランスの大統領の任期は、かつて7年だったものが現在は5年になっている。それは、民意が流動的になってきた中で、大統領と議会の支持基盤が異なるコアビタシオン(保革共存政権)が出現して大統領権限が弱まってきた。それを、7年の大統領の任期を5年の下院議員と一致させて同時選挙にすることによって、コアビタシオンの出現機会を抑制し、大統領権限を強化しようとしたものだったとされている。人事面において、フランスの大統領は、首相を指名するだけでなく首相の推薦に基づいて閣僚を任免する権限も持っている。大統領は、議会の解散権も持っており首相と協力しつつ議会運営をコントロールしている。そのようなフランスの大統領は、内政面は基本的に首相に任せ、外交・防衛面で特に強力なリーダーシップを発揮している。サミットにフランスから参加しているのは大統領なのである。内政についてのフランスの首相のリーダーシップは、フランスの強力な官僚制に支えられている。フランスの政党にも、我が国の政審・総務会のような政策の事前調整機関は存在しない。政策の調整は議会の場で行なわれているが、米国のような政策に関する強力な議員連盟は存在しておらず(「官僚病の起源」岸田秀、新書館、1997)、政府が議会の議事日程について強い権限を持っている中で、首相の政策形成面におけるリーダーシップには強力なものがある。そして、内政面でも非常時となれば登場するのは、やはり大統領である。今回のコロナウィルス対策でも、国民向けに対応を直接呼びかけたのは、マクロン大統領であった。フランスの大統領は、非常事態宣言を行えば憲法改正と議会解散を除いては何事もなしうる権限を持っている。その場合の大統領権限への歯止めは、非常事態宣言によって自動的に開催される議会の特別会くらいとされている。5我が国の首相のリーダーシップ我が国の首相のリーダーシップは、戦後、ワンマンと言われた吉田首相以来、様々な変遷を遂げてきており、その下で、高度成長が成し遂げられ、オイルショックを乗り切り、格差の少ない社会が創られてきた。しかしながら、バブル崩壊後、経済がうまく回らなくなると、様々な改革の動きの中で、首相のリーダーシップを強化して政治主導の政治を実現していこうという改革の動きが出てきた。ここでは、そのような改革が行われる以前の仕組みを見ておくこととしたい。まず地位の安定性については、戦後の首相の数を諸外国と比較してみると、わが国の首相の地位が安定性を欠いていたことがうかがわれる。その背景には、一人一人がそれぞれの公約を掲げて自力で当選してきた与党議員によって担がれてきたことがあった。例えば、93年の細川首相、94年4月の羽田首相、更に同年6月の村山首相の誕生の間に政党の分裂・再編は18 ファイナンス 2020 Jun.SPOT

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