ファイナンス 2020年6月号 No.655
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いう伝統があるからである。米国大統領は米軍の最高司令官であり、また、CIAにテロリストに対する殺戮兵器を用いる秘密工作を命ずる権限も持っている(「ブッシュの戦争」ボブ・ウッドワード、日本経済新聞出版社、2003)。トランプ大統領が、新型コロナウィルスへの対応について、自分は戦時下の大統領だと宣言し、国防生産法に基づいて医療物資の生産を民間企業に命じたのも、そのような権限を発動したものである。人事権については、米国の大統領の権限は強大である。大統領の交替期には、ワシントン全体で2万人もの人が入れ替わるとされているが、トランプ大統領は、大統領交代期後にも頻繁に幹部を交替させている。米国流の三権分立の下、閣僚の人事に関しては、上院の承認が必要とされているが、米国における政策の実行は英国の議院内閣制などの場合と異なり、必ずしも閣僚がいなければ出来ないわけではない。例えば、かつてのキッシンジャーのように、大統領の個人的な任命による補佐官が行うことも多い。上院の承認が求められることによって、大統領の人事権が大きな制約を受けているということはないのである。3ドイツの首相のリーダーシップドイツの首相は英国の場合と同様に選挙で与党が負けない限り交代しないのが基本である。戦後、奇跡の復興を指導したアデナウアー首相、東西ドイツ統合を実現したコール首相を始めとして長期政権となった首相が多く、現在のメルケル首相も15年目を迎えている。ドイツは議院内閣制と大統領制の混合形態をとっているが、大統領の権限は外国との条約締結権や連邦首相、連邦裁判官等の任命の提案等の形式的なものとなっており、実際に大きな権限を持っているのは首相である。ちなみに、ドイツの大統領は、連邦議会議員と各州議会から選出される同数の代議員による連邦集会による間接選挙で選出されている。政策形成面については、英国のように議会の与党がほぼ完璧に首相の指揮に従う慣行が存在するわけではないが、与党に政審・総務会といったものが存在しない中で、首相が強いリーダーシップを発揮している。我が国の憲法に当たるボン基本法の修正が、何度も行われているのである。その様な政策決定についての強いリーダーシップの背景にあるのが、ドイツの選挙においても英国と同様に、政策を中心とした論争が行われていることである。そのような選挙の結果として与野党の政権交代が行われており、また、連立政権となる場合にもしっかりとした政策協定が行われている。人事権についても、ドイツの首相は英国の首相と同じく、大臣の数及びその所掌範囲などを自ら決定して組閣を行っている。ちなみに行政府の所掌範囲の変更は、わが国でも戦前は、英独と同様の仕組みで行われていた。それが、戦後、国家行政組織法によって全て国会が決めることとされたのである。この点については、戦前のドイツにならった制度である天皇の行政大権を民主化したものだとする解釈があるが、立法過程を見てみるとそうではない。GHQが米国流に、議会が承認した予算の範囲内であれば、行政府の内部部局の組織は臨機応変に変更できるとしていたものを、それでは「国会の意思を無視したもの」になるとして、当初案が修正されたのである(「昭和財政史-終戦から講和まで」第4巻、pp345-347)。当初は、米国や英独と同様の仕組みだったというわけである。今日のわが国の仕組みは、会社の組織を社長が決められず、株主総会で決めなければならないというようなものである。このわが国独特の仕組みは、従来、問題とされることはなかったが、2001年、英国に倣って総理のリーダーシップを支える仕組みとして内閣府の制度を導入したところで問題を生じることになった。それは、筆者が内閣府の官房長を務めることになって痛感したことである。新たな業務が法律で付け加わるたびに内閣府の組織が肥大化し、機動的に総理を補佐することが難しくなっていたのである。この点については、省庁への移管の措置等を容易にすることが必要ではないかと思われる。今後、検討が必要な点といえよう。4フランス大統領のリーダーシップフランスでは、強力なリーダーシップを発揮しない政冶家は政治家として失格で国民の支持を得ることなど出来ないと言われている。大統傾は「われわれのフランスのために」というスローガンを掲げ、強力なリーダーシップを発揮して国民をひっぱっていくのである(「フランス主義のすすめ」深野紀之、近代文芸社、1999)。今回のコロナウィルス対策でも、マクロン大 ファイナンス 2020 Jun.17危機対応と財政(1)SPOT

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