ファイナンス 2020年6月号 No.655
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本的な政策形成についても議事日程の調整等を通じて大きな権限を持っており、その延長線上で選挙公約も打ち出される。人事権については、英国の首相は、党に相談することなく、自らの判断のみによって各省の大臣や副大臣を任命し罷免している。それは、誰を大臣に任命するかが、内閣の支持率に、そして次の選挙に大きく影響するからである。英国では、各省の大臣は、毎週議会で行われる野党のシャドー・キャビネットの大臣との間の厳しい討論(クウェスチョン・タイム)でポイントを稼がなければならず(ネットでも配信される)、優れた討論能力を持つことが不可欠とされている。英国の首相は、自らの政策を実現するために、組織を自由に変更する権限も持っている。例えば、内閣府の所掌事務や組織、担当大臣を臨機応変に変更して強力な政策展開を図っている。英国の首相は、事務の官房副長官からの報告に基づいて各省庁の局長以上の人事も承認している(各省庁の大臣には人事権はない)。1979年にサッチャー首相が総理に就任した際、サッチャー改革に反対を公言していた各省局長クラス以上の官僚約20名を更迭した例が知られているが、選挙で民意を得た首相の改革に反対を唱えていたという例外的な事例で、通常は事務の官房副長官からの報告通りの人事が行われている。2米国の大統領のリーダーシップ英国の13の植民地(州)が独立戦争を戦って建国した米国では、独自の憲法や刑法を持つ州の権限が強く、かつての大統領は今日のように強力ではなかった。今日のような大統領のリーダーシップが確立されたのは、南北戦争を指導したリンカーン大統領以来とされている。そのような米国の大統領には、政策形成面では英国の首相のようなリーダーシップはないが、地位の安定性や人事権、カリスマ性では英国首相を上回るものがある。グローバルなレベルでは、米国の国力を背景に他国の追随を許さない力を持っている。地位の安定性は、トランプ大統領がウクライナ疑惑で史上3人目の弾劾を受けたにもかかわらず結局無罪放免となり、むしろ支持率を高めたことからうかがわれよう。ちなみに、史上2番目の弾劾を受けたのは、大統領官邸でモニカ・ルインスキー・スキャンダルを起こしたクリントン大統領で、やはり無罪放免となり大統領の任期を満了した。いずれのスキャンダルも、我が国であれば、かなりの確率で首相退陣になったものだったと言えよう。そのような米国大統領の地位の安定性の背景にあるのが、大統領のカリスマ性で、それは4年毎の国を挙げての「お祭り」とも言える大統領選挙によって作り出されているものである。政策形成面に関しては、米国議会に議案を提出出来るのは議員だけで、議案を提出できない大統領が法案を必要とする政策を実現させようとすれば、まずは与党の関係議員との連携を行い、その上で与野党の議員に議会工作が必要になる。英国のように与党議員だからといって大統領の政策に従うという慣行は無いからである。その背景には、英国のような党営選挙でなく、各議員は自らの力で当選してくることがある。議会には、コーカスと呼ばれる政策に関する与野党横断の議員連盟があって、関係団体からの強力なロビー活動(議会工作)が行われており、大統領の議会工作は、それに対抗しなければならない。大統領は議会工作を上手に行なわないと、法律を伴う政策の実現は図れない。大統領の議会工作が容易でない背景には、米国における議会の高い政策立案能力もある。議会の各委員会や議会会計検査院(GAO)には、公費で多数の政策スタッフが配置されており、議員のために政策の分析を行っている。そのような高い議会の政策立案能力とバランスさせるために、米国憲法は大統領に拒否権を与えている。それは、議会の3分の2に相当する実質的な立法権ともいえるが、自らの政策実現という局面で使えるものではない。そのような中で、オバマ大統領以来、頻繁に用いられるようになり、トランプ大統領も多用しているのが大統領令である。大統領令の第1号は、リンカーン大統領による奴隷解放令で、先の戦争において日系人を強制収容所に入れたのもルーズベルト大統領による大統領令だった。しかしながら、大統領令は、連邦最高裁判所で違憲と判断されることもあり、また議会がそれを否定する法律を作れば、無効とされてしまう。ということで、米国大統領の政策形成面でのリーダーシップは英国の首相に及ばないが、危機ともなればそのリーダーシップは強力なものになる。米国には「一朝事あるときには星条旗の元に一致団結する」と16 ファイナンス 2020 Jun.SPOT

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