ファイナンス 2020年5月号 No.654
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呉市◆海軍ゆかりの食文化明治期、海軍では長い航海によるビタミン不足が原因とされる脚かっけ気が蔓延し、兵員の健康維持が大きな問題となっていました。そこで、食べ物と病気の関係に着目した海軍は、必要な栄養摂取量やバランスの良い献立を研究するなど、兵食改善に取り組みました。その一つが、ビーフシチューを参考に考案された「肉じゃが」です。肉や野菜が一度にたくさん食べられ調理も簡単と、兵食には最適なものでした。また、イギリスのカレースープをアレンジして、日本人の味覚に合うようにとろみを付けた「カレーライス」も、兵食のために海軍が開発しました。これら、明治期に誕生し、呉のまちで育まれた食文化は、今もしっかりと根付き、人々の食卓を支えています。くれ肉じゃがの会(食の祭典)潜水艦「そうりゅう」テッパンカレー◆とびしま海道4橋と御手洗本土と安あ芸き灘なだに浮かぶ下しも蒲かま刈がり島、上かみ蒲かま刈がり島、豊とよ島、大おお崎さき下しも島をつなぐ4橋が、平成20年に開通し、農水産物の出荷などをはじめ住民の生活を便利にし、瀬戸内の多島美を満喫できるスポットとしても注目されています。安芸灘大橋(手前)と蒲刈大橋(左奥)管内の最東端に位置する大崎下島の御手洗は、17世紀中頃に「風待ち・潮待ち」の港町として形成されて以来、参勤交代の大名や幕府役人、外国の使節が乗った船や商船など多くの船が立ち寄り、瀬戸内海交通の中継港として栄えてきました。「動く総合商社」ともいわれ、巨万の富を運んだ北前船の寄港地ともなり、日本遺産「荒波を超えた男たちの夢が紡がれた異空間~北前船寄港地・船主集落~」に登録されています。御手洗のまち並み◆灰はいケが峰みね市街地をすり鉢状に取り囲む美しい山々の中でも北方に位置し、雄々しくそびえ立つ灰ケ峰は標高737mを誇っています。その夜景は、中国四国三大夜景に選ばれており、まるで天上から眺めているかのような美しい夜景を鑑賞できます。76 ファイナンス 2020 May.連載各地の話題

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