ファイナンス 2020年5月号 No.654
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る。日本のIES推計値は米国に次いで2番目に高く(1.42)、一見すると表下段のHavranek et al.(2015)の結果と整合的であるとの印象を受ける。ただし、IESの水準は個別論文のアプローチの違いによって大きく異なることに注意が必要である。そこで、図1において論文ごとに各国のIESの推計値を図示した。米国は依然高い推計値を示しているが(8論文中4本にて最高値)、残る4カ国については推計値および順位ともに安定しないことがわかる。日本のIESの値およびその順位については、Bosca et al.(2006)において突出して高い値を見せているが(6.49)、他の論文においては5か国中3~5位であるため、日本が他国比で突出して高いというHavranek et al.(2015)で示唆されるようなことは必ずしも断言できないことが分かる*16。3.4 期間ごとの比較前項では日本のIESの推計値の相対的な位置づけを確認したが、本項では上記のような考えにもとづき、日本のIES推計値自体がどう遷移してきたかについて確認する。そもそも、マクロ経済学では、IESは時間を通じて不変である(=ディープパラメター)とみなされることが多い。しかし、現実には時間とともに家計の選好や社会状況が変化することでIESの水準が変化することも考えられる。また、仮に食料品など個々の消費対象物に対する家計の選好が変わらなかったとしても、耐久財、非耐久財又はサービスといった消費項目の構成比が世相を反映して変わることでも、IESの値は変わりうる。さらには、家計が習慣を形成する(habit formation)場合、景気変動が消費の限界効用に影響を及ぼし、結果的にIESの推計値が不安定になることも考えられる。本稿サンプルのうち、Ho(2004)とYamamoto(2013)は、それぞれ日本におけるIES推計値の期間ごとの比較を試みている。Ho(2004)は、主要なマクロ変数の時系列的特性が1980年を境に大きく異なっていることに着目し、1961Q1-1980Q4と1981Q1-1999Q4*16) なお推計値を大きい順に並べた上で、国ごとの順位の平均値をとると米国(1.6位)→カナダ(3.1位)→日本、英国(3.3位)→フランス(3.8位)となる。*17) これら2論文に加え、Cashin and Unayama(2016b,a)はほぼ同一の手法を使って1992-2002年、2008-2015年のサンプル期間におけるIESをそれぞれの論文において推計している。ベースライン推計値は1992-2002年で0.21、2008-2015年で0.52となっておりYamamoto(2013)と同様に金融ビッグバン後で推計値の上昇が確認できる。の2期間についてIES推計を行なっている(表3左部)。同研究によれば、推計値は前半期から後半期にかけて微増しており(0.66→1.08)、そのことが主な発見の一つとして言及されている。一方、Yamamoto(2013)は、日本版金融ビッグバンが1996~2001年にかけて起きたことに着目し、1980Q1-1997Q2および1997Q3-2007Q4の2期間についてのIESの推計を行なっている(表3右部)。同表から、推計値が前期から後期にかけて明確に増加していることが分かる(0.31→3.57)。これについて、著者は「フリー・フェア・グローバル」を掲げる金融ビッグバンの実現により家計が金融資産を能動的に運用できるようになったためと解釈している*17。図1 IES推計値の各国比較:論文別図1IES推計値の各国比較:論文別注記: 縦軸は論文ごとのIES推計値を表している。-0.110.010.00-0.150.12-0.20-0.100.000.100.20日本米国イギリスカナダフランス0.2360.250.2400.000.010.000.100.200.30日本米国イギリスカナダフランス0.6280.6360.6270.6340.6300.630.64日本米国イギリスカナダフランス0.170.220.130.270.090.000.100.200.30日本米国イギリスカナダフランス0.180.440.290.09-0.10-0.200.000.200.400.60日本米国イギリスカナダフランス-0.450.000.120.17-0.11-0.60-0.40-0.200.000.20日本米国イギリスカナダフランス6.495.333.121.284.980.002.004.006.008.00日本米国イギリスカナダフランス1.542.731.291.94-2.70-4.00-2.000.002.004.00日本米国イギリスカナダフランス注記:縦軸は論文ごとのIES推計値を表している。56 ファイナンス 2020 May.連載日本経済を 考える

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