ファイナンス 2020年5月号 No.654
58/84

Moment)を用いるものが大半を占める。ただし、Yogo(2004)が指摘する様に、GMMで頻繁に使われる操作変数には内生変数との相関が弱いものが散見されるため、同手法を用いた推計結果について疑問を呈する研究者もいる。既存研究におけるIESの推計値の多くは、0~2の間に収まるものが多い。Havranek et al.(2015)のメタ研究におけるサンプルの平均値は0.5であるが、推計値の中には負の値をとるものや10以上の極端な値をとるものも少なからず存在する。同研究によると、推計値の大小に最も大きな影響を与える要因の一つが対象国の一人当たりGDPであり、この数値が大きい国ほどIESの値も高く推計される傾向が指摘されている。さらには、消費の定義、対象期間の長さ、耐久財の取り扱いまたはデータ頻度といった推計アプローチの選択が結果を大きく左右することも様々な研究を通じて明らかとなっている。なお、Havranek et al.(2015)における日本の推計値の平均は0.89となっているが、これは他国と比べても突出して高い(後述)。実務面では、中央銀行、官公庁、国際機関といったマクロ経済分析を行なっている機関においてIESに対する関心が高い。その理由は、Havranek et al.(2015)でも触れられているように、IESの値をどう較正(calibration)するかがモデルを使ったシミュレーションの結果に大きく影響することが広く認識されているためである。Yagihashi(2020)によると、現在実務で活用されているDSGEモデルの7割近くがIESを1と仮定しており、残るモデルのほとんどが1未満の値を較正値として採用している*11。IES推計の課題として、IESのコンセプト自体がいわゆるマクロ経済学およびミクロ経済学といった学術分類上の境界に位置することや、推計アプローチが多岐に渡ることから、その推計値について研究者間のコンセンサスが醸成されにくいという点があげられる。前述の集計バイアスに起因してマクロ的手法はミクロ*11) なお日本の公的機関において開発されたDSGEモデルとしてはFueki et al.(2016,日銀), Matsumae and Hasumi(2016,内閣府)が存在するが、いずれもIESの値を1と仮定している。*12) Havranek et al.(2015)の集計では、ミクロデータを使った推計は論文全体の18.7%である。*13) 伝統的に既存研究の中で取り扱われてきたのは双曲割引(hyperbolic discounting)や自己コントロール問題の消費・貯蓄行動への応用で、前者の代表例としてChoi et al.(2006)、後者の代表例としてGul and Pesendorfer(2004)などが挙げられる(詳しくはAttanasio and Weber (2010)の5.2.2節(p.737)で紹介されている諸研究を参照)。また近年ではマクロ経済学者の中から家計行動の近視眼性(cognitive myopia)の問題を行動経済学のツールを使って分析する研究(マクロ行動経済学、behavioral macroeconomics)が盛んになりつつある。代表例としてはAngeletos and Huo(2018), Epper et al.(2020), Gabaix and Laibson (2017), Ilut and Valchev (2017), Woodford (2019)が挙げられる。*14) 単純平均で見ると1論文あたり4.8の推計値となるが、これは一部の論文が平均を大きく引き上げていることによる。的手法を用いた推計値よりも低い値となることが多いことや、様々な研究アプローチ間のバランスを取るといった観点からも*12、今後はミクロデータを用いた推計が引き続き増えていくことが期待される。また、IESは家計構成員の消費・貯蓄行動と直結していることから、近年発展の著しい行動経済学のさらなる活用が今後期待される*13。3.分析結果本節では日本のIESの推計に焦点を絞り、その特性をいくつかの側面から概観し、日本のIESの推計値の相対的な位置づけや、日本のIESの水準が時代とともにどのように遷移しているかについて確認する。3.1 サンプルの抽出サンプルは、Havranek et al.(2015)で扱われている先行研究のうち日本のIESを推計した論文20本と筆者により採択した論文5本を合わせた計25本の論文とする。後者については、インターネットや既存研究の参考文献などを通じて収集したものからなる。3.2 基礎情報まず、サンプルの公刊年に注目すると、1990年代が8本、2000年代が9本、2010年代が8本と均等に分布している。1本を除く全てが査読付き論文として公刊されており、ほぼ全ての論文が英語で執筆されている。論文ごとの推計値の数については、約半数が1つまたは2つの値を推計していた*14。推計にあたっては、Cashin and Unayama(2016a, b)を除く全ての論文がマクロデータを用いている。今回、IESの推計値の平均を算出するにあたっては、Havranek et al.(2015)同様、絶対値で10以上の値を非現実的であるとみなして捨象する。表1は、IESの推計値を調査対象となる論文ごとにまとめたも54 ファイナンス 2020 May.連載日本経済を 考える

元のページ  ../index.html#58

このブックを見る