ファイナンス 2020年5月号 No.654
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2.IESについて2.1 基礎知識以下、IESの基本的な構造について、Yagihashi and Du(2020)で提示されているモデルフレームワークを用いて簡単に説明する*1。まず、前提として、モデルにおける家計は無限期間生き、合理的に意思決定を行うと仮定する*2。次に、家計の効用は消費Cと余暇Lによってのみ生じ*3、時間を通じて分離可能(time-separable)であり*4、将来についての不確実性は存在しないものと仮定する*5。また、家計はこの効用関数を最大化する上で予算・時間制約式に直面するため、これらを考慮すると、以下の線形化されたオイラー方程式を導出することができる(詳細は本稿末尾の「補論」を参照)。ここで、添え字iは個別の家計を、tは時点をそれぞれ表しており、Iは観測総数を表す。-separable)であり、将来についての不確実性は存在しないものと仮定する。また、家計関数を最大化する上で予算・時間制約式に直面するため、これらを考慮すると、以下のオイラー方程式を導出することができる(詳細は本稿末尾の「補論」を参照)。ここで、別の家計を、 は時点をそれぞれ表しており、 は観測総数を表す。1∑∆ln(,+1)=++1+(−1)1∑∆ln(,+1) (1):金融資産の収益率、:消費と余暇の代替可能性を示すパラメター出てくるパラメター こそが推計対象となるIESである。この値が大きければ大きいほ変化に対して消費の変化が大きくなる(あるいはより弾力的である)ことが(1)式から見一方、がゼロに近づけば近づくほど、家計消費の金利への反応は鈍くなり(=代替効相対的に金利の所得効果が増すことが分かる。留意点が2つある。まず、補論(A2)式で定式化する効用関数によると、消費の決定は余用に直接影響を与える。具体的には、<1が成立すると、消費の上昇は余暇の限界効用る。その結果、賃金が不変のままだとしても、労働供給が消費と余暇の代替効果を通じ一般均衡における労働および賃金の値に影響を与える。式によると、>0の条件のもとで金利上昇は消費の成長率上昇を引き起こすが、これは現在の消費を貯蓄に回し、将来の消費へと先延ばすことであり、同時に貯蓄(=企業給)が時間を経るにつれ消費され、減少していくことを意味する。貯蓄=投資が成立すにおいて、当期貯蓄の異時点比での増加は、当期および将来投資の均衡値にも影響を与のことから、値の大小が家計の消費・貯蓄・労働供給に直接的な影響を及ぼすだけで体の賃金や投資にも間接的な影響を及ぼすことが分かる。et al.(2015)によれば、IESの推計を取り扱った学術論文は、2012年時点で1,500本を超え、てもそのペースが落ちていないことから、当該トピックに対する学術的関心は依然としが分かる。IESの導出方法に関するサーベイは優れた公刊済論文が複数存在するので詳が、従前行われてきたIESの導出方法を大まかにまとめるならば、(5)式と同様なオイを導出した上でIESの値を求めるものがほとんどを占める。データについては、当初はタを使うものが主流であったが、近年ではマクロデータによる推計は集計バイアスn bias)を伴うことが広く認識されてきたこともあり、ミクロデータを使う研究が徐々ある。推計手法については、一般化モーメント法(GMM: Generalized Method of Moment)のが大半を占める。ただし、Yogo (2004)が指摘する様に、GMMで頻繁に使われる操作生変数との相関が弱いものが散見されるため、同手法を用いた推計結果について疑問をもいる。 時点をまたぐ習慣形成(habit formation)や耐久財消費は捨象する。再帰的効用関数(Epstein and Zin, 1989, 1991などを参照)は捨象する。 で言うIESは厳密には余暇一定のもとでの消費の異時点間代替弾力性を指している。余暇が変化するてはYagihashi and Du (2020)を参照。(1)r:金融資産の収益率、り、将来についての不確実性は存在しないものと仮定する。また、家計する上で予算・時間制約式に直面するため、これらを考慮すると、以下の程式を導出することができる(詳細は本稿末尾の「補論」を参照)。ここで、、 は時点をそれぞれ表しており、 は観測総数を表す。∑∆ln(,+1)=++1+(−1)1∑∆ln(,+1) (1)産の収益率、:消費と余暇の代替可能性を示すパラメターメター こそが推計対象となるIESである。この値が大きければ大きいほ消費の変化が大きくなる(あるいはより弾力的である)ことが(1)式から見ロに近づけば近づくほど、家計消費の金利への反応は鈍くなり(=代替効の所得効果が増すことが分かる。ある。まず、補論(A2)式で定式化する効用関数によると、消費の決定は余を与える。具体的には、<1が成立すると、消費の上昇は余暇の限界効用、賃金が不変のままだとしても、労働供給が消費と余暇の代替効果を通じおける労働および賃金の値に影響を与える。>0の条件のもとで金利上昇は消費の成長率上昇を引き起こすが、これを貯蓄に回し、将来の消費へと先延ばすことであり、同時に貯蓄(=企業経るにつれ消費され、減少していくことを意味する。貯蓄=投資が成立す期貯蓄の異時点比での増加は、当期および将来投資の均衡値にも影響を与値の大小が家計の消費・貯蓄・労働供給に直接的な影響を及ぼすだけで投資にも間接的な影響を及ぼすことが分かる。よれば、IESの推計を取り扱った学術論文は、2012年時点で1,500本を超え、スが落ちていないことから、当該トピックに対する学術的関心は依然としSの導出方法に関するサーベイは優れた公刊済論文が複数存在するので詳われてきたIESの導出方法を大まかにまとめるならば、(5)式と同様なオイでIESの値を求めるものがほとんどを占める。データについては、当初はが主流であったが、近年ではマクロデータによる推計は集計バイアスうことが広く認識されてきたこともあり、ミクロデータを使う研究が徐々法については、一般化モーメント法(GMM: Generalized Method of Moment)める。ただし、Yogo (2004)が指摘する様に、GMMで頻繁に使われる操作関が弱いものが散見されるため、同手法を用いた推計結果について疑問を :消費と余暇の代替可能性を示すパラメターこの(1)式に出てくるパラメターθこそが推計対象となるIESである*6。この値が大きければ大きいほど、金利の変化に対して消費の変化が大きくなる(あるいはより弾力的である)ことが(1)式から見て取れる。一方、θがゼロに近づけば近づくほど、家計消費の金利への反応は鈍くなり(=代替効果の減少)、相対的に金利の所得効果が増すことが分かる。ここで、留意点が2つある。まず、補論(A2)式で定式化する効用関数によると、消費の決定は余暇の限界効用に直接影響を与える。具体的には、θ<1が*1) なお、詳細な数式展開は補論(A1)~(A5)式を参照。*2) 今回用いる仮定の多くはいわゆるRamsey-Cass-Koopmansモデル(Ramsey, 1928;Cass, 1965, Koopmans, 1965)の設定に則ったもので、ケインズ以後のマクロ経済学の発展において中心的な役割を果たしてきた。*3) Yagihashi and Du(2020)では、余暇の効用関数における取り扱いを家計構成員によって区別するアプローチ(Browning, 2000などを参照)も検討しているが、ここでは簡便化のため捨象する。*4) これに伴い、時点をまたぐ習慣形成(habit formation)や耐久財消費は捨象する。*5) これに伴い、再帰的効用関数(Epstein and Zin, 1989, 1991などを参照)は捨象する。*6) ただし、ここで言うIESは厳密には余暇一定のもとでの消費の異時点間代替弾力性を指している。余暇が変化するケースについてはYagihashi and Du(2020)を参照。*7) 本稿補論で詳述するモデルのように、消費と余暇の相互依存性を想定すると消費の変化が所得の変化に過度に感応する問題(excess sensitivity)を緩和できることが知られている。詳細はHeckman(1974)などを参照。*8) ただし、金利の上昇は一方で当期消費の減少を通じて総需要を抑制する方向に働くため、所得効果を含めた経済全体としての当期投資および貯蓄は減少する点に留意が必要である。IESの値の大小と消費・投資(貯蓄)の標準的マクロモデルにおける短期におけるダイナミクスについてはHavranek et al.(2015)の図1(p.101)を参照。*9) Attanasio and Weber(2010), Thimme(2017)などを参照。*10) Attanasio and Weber(1993, 1995)などを参照。成立すると、消費の上昇は余暇の限界効用を押し下げる*7。その結果、賃金が不変のままだとしても、労働供給が消費と余暇の代替効果を通じて促進され、一般均衡における労働および賃金の値に影響を与える。次に、(1)式によると、θ>0の条件のもとで金利上昇は消費の成長率上昇を引き起こすが、これは本質的には現在の消費を貯蓄に回し、将来の消費へと先延ばすことであり、同時に貯蓄(=企業への資金供給)が時間を経るにつれ消費され、減少していくことを意味する。貯蓄=投資が成立する閉鎖経済において、当期貯蓄の異時点比での増加は、当期および将来投資の均衡値にも影響を与える*8。以上のことから、θ値の大小が家計の消費・貯蓄・労働供給に直接的な影響を及ぼすだけでなく、経済全体の賃金や投資にも間接的な影響を及ぼすことが分かる。2.2 先行研究Havranek et al.(2015)によれば、IESの推計を取り扱った学術論文は、2012年時点で1,500本を超え、近年においてもそのペースが落ちていないことから、当該トピックに対する学術的関心は依然として高いことが分かる。IESの導出方法に関するサーベイは優れた公刊済論文が複数存在するので詳細は割愛するが*9、従前行われてきたIESの導出方法を大まかにまとめるならば、(1)式と同様なオイラー方程式を導出した上でIESの値を求めるものがほとんどを占める。データについては、当初はマクロデータを使うものが主流であったが、近年ではマクロデータによる推計は集計バイアス(aggregation bias)を伴うことが広く認識されてきたこともあり*10、ミクロデータを使う研究が徐々に増えつつある。推計手法については、一般化モーメント法(GMM:Generalized Method of ファイナンス 2020 May.53シリーズ 日本経済を考える 100連載日本経済を 考える

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