ファイナンス 2020年5月号 No.654
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html日本の消費の異時点間代替弾力性(IES)についての一考察*財務省財務総合政策研究所主任研究官八木橋 毅司財務省財務総合政策研究所客員研究員片野 幹シリーズ日本経済を考える1001.序説経済学において、消費・貯蓄行動を分析する際に大きな役割を果たす指標の1つに、「消費の異時点間代替弾力性」あるいはIntertemporal Elasticity of Substitution(IES)と呼ばれるものがある。これは、異なる時点間において消費価格が変化した場合に、家計のライフサイクルを通じた消費がどれほど影響を受けるかを表す指標であり、より具体的には金利(=現在と将来の消費の相対価格)が1%上昇した場合に消費の成長率が何%上昇するかという反応度合いのことである。ミルトン・フリードマンが提唱した恒常所得仮説(Friedman, 1957)によれば、人々が選択する毎期の消費水準は、概ね生涯を通じて得られる総所得の水準またはその水準の期間平均により決定される。この文脈において金利変動が果たす役割は、将来時点におけるキャッシュフローの変動を通じて生涯に得る所得の総額に影響を及ぼすこと(=所得効果)、将来消費の割引現在価値を変化させることで現在と将来の消費額の最適配分に影響を及ぼすこと(=代替効果)の2つである。これらのうち、IESは後者の大きさを数値化したものであると言える。一般に、IESの値が大きければ大きいほど、需要・供給ショックが経済全体にもたらす波及効果は大きくなると考えられる。すなわち、人々は金利が上昇すれば、現在の消費をより一層控え、その分を貯蓄に回す。そうした消費行動の変化は、市場メカニズムを通じて、労働や企業設備投資の均衡値にも変化をもたらすこととなる。そのため、IESの値の大きさをどう仮定するかは、金融財政当局のマクロ政策の有効性に係る分析にも影響することがわかる。こうした学術的および実務的な重要性に則して、過去半世紀にわたり多くの識者がIESを推計してきたが、その推計値は対象となる国または時期、さらには推計アプローチなどによって大きく異なり、コンセンサスを得るには至っていない。本稿の目的は、(1)IESの推計に関して学術的に判明していることを整理した上で、(2)日本におけるIESの推計値について数多くの先行研究をもとにサーベイすることである。特に、(2)については、日本の推計値が他国の推計値と比べて特段大きいのか、採択するサンプル期間によって同一国の推計値が異なるかの2点に注目した。これまで、日本におけるIESの推計値を横断的に検証した研究は筆者の知る限り存在しないことから、本稿は学術および実務両面におけるニーズを一定程度満たすものと思われる。本稿の構成は、以下の通りである。まず、第2節ではIESの理論・実証面についての整理を行い、続く第3節では日本のIESの推計値についてのサーベイを行う。そして第4節を結語とする。* 本稿の内容は全て筆者らの個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。52 ファイナンス 2020 May.連載日本経済を 考える

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