ファイナンス 2020年5月号 No.654
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ないかを考察している。図書館情報学の碩学である根本彰・東京大学名誉教授が、17世紀バロック期に微積分学の基礎をつくった万能の天才ライプニッツ(ハノーバー宮廷の司書を務めていた)が構想した「普遍百科事典」が今インターネットとGoogleの組み合わせとして実現されようとしている、との認識を示している(根本彰・齋藤泰則編『レファレンスサービスの射程と展開』序文)。国会図書館館長を務めた長尾真氏の構想が結果として現実の政策に活かされなかったこと、出版デジタル機構の初志とは違う動向などが的確に叙述され、なんとも「日暮れて道遠し」の日本の現状に切歯扼腕するのは、評者がこの分野の素人だからなのであろうか。なお、デジタルアーカイブが、デジタルライブラリーの考え方の延長線で発展してきていて、アーカイブ(広義の史資料館、便宜上ミュージアムを含む。一点物の現物の収集・保存を基本とする。)とはもともと関係がない、という点に留意が必要だ。評者が思うに、この点の理解が世間で得られていないことが、デジタルアーカイブの普及にネックになっているように感じる。第Ⅲ部は、本書のための書下ろしである。第七章では、「デジタルアーカイブ」概念とその理解が最近の進展の中で混乱しているという認識から、2010年以降のデジタルアーカイブを主要テーマとして論じた代表的な著作を参考に、デジタルアーカイブの基本的概念・構成と枠組みを整理して、今後の方向性を探っている。デジタルアーカイブは、単なる情報システムやデータベースではなく、情報・知識世界において一定の役割を果たすべく期待された社会制度のひとつであることが理解される。第八章では、まず、デジタルアーカイブの政策課題として、(1)デジタルアーカイブ概念の明確化と普及、(2)デジタルアーカイブ設置の促進と制度整備、(3)法規整備、(4)政策主体の多元性と協力体制、(5)教育制度の整備、(6)新しい情報技術の適用、(7)産業振興、(8)存続と信頼性の確保、が提示される。その上で、コミュニティレベルでのデジタルアーカイブについては好事例もあるものの、海外に比しての、国レベルのデジタルアーカイブ政策形成は遅れていると断じる。そして、現時点の日本での政策形成の1つの到達点としての、「デジタルアーカイブ整備推進法案(仮称)骨子案」が取り上げられる。「この法律は、デジタルアーカイブが新たな知的財産の創造及び軽罪活動の重要な基盤となるものであることに鑑み、デジタルアーカイブの整備の推進に関し、基本理念を定め、国、地方公共団体及び事業者の責務を明らかにし、並びにデジタルアーカイブの整備に関する推進計画の作成その他デジタルアーカイブの整備の推進に関する施策の基本となる事項を定めるとともに、デジタルアーカイブ整備推進協議会を設置することにより、デジタルアーカイブの整備に関する施策を総合的かつ効果的に推進することを目的とすること」とされる。柳氏は、この基本法骨子案は、「その具体的提案内容の是非は別として、本書で挙げた政策課題すべてに対応している点で、国レベルの政策として十分検討に値する内容となっているのではないだろうか。」と高く評価している。評者としては、デジタル文化情報資源の、使っても減らない「非競合性」という特性に関連して、マクロ経済における「経済成長」の議論との関係を指摘しておきたい。2018年のノーベル経済学賞受賞者であるポール・ローマ―・ニューヨーク大学教授の受賞テーマは、「イノベーションが持続的な成長を生み出す源泉と考え」、「生産活動や研究開発を通じて生み出される知識やアイディアの増加が、正の外部効果を持つことで経済全体の生産性を向上させ、それにより持続的な経済成長が実現される過程を明快に描き出した」というものだ(福田慎一東京大学教授「ノーベル経済学賞に米2氏 持続可能な成長の姿示す」2018年10月16日付け日本経済新聞朝刊)。そのため、その知識・アイディアが社会資本として共有・蓄積される健全な仕組みが重要となる。日本では、上述のように、これまでの知識・アイディアについて、デジタルアーカイブでの十全な活用に至っていない。しかし、デジタル文化資源が持つ正の外部効果は極めて大きいと思われる。「非競合性」という特性や、そのスピルオーバーについて賢明な考察が行われ、この「デジタルアーカイブ」をいかに公共政策でマネイジしていくかが、本書を通読して、我が国の持続的な成長に大きく関わることを確信した。停滞する我が国のTFP(全要素生産性)についても、このあたりにブレークスルーの糸口があるのではないだろうか。 ファイナンス 2020 May.43ファイナンスライブラリーライブラリー

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