ファイナンス 2020年4月号 No.653
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11.野球そのものにハングリーであれそれから、皆さんの仕事とも一番縁があるお金についてです。私は、若い頃はお金のことなど考えずに野球をやっていました。今の野球選手は年俸5億円とか6億円とか、1年で一軒家が建つほどの給料をもらうようになりましたが、我々が現役の頃は、引退までに都内に一軒家が建てられたらいいという時代でした。当時は、球団も財布の紐が大変厳しく、また、メディアも選手の味方ではなく球団の味方でした。選手が契約しなかったりすると、次の日の新聞には「あの選手は良い条件だったのに契約しなかった」などと書かれたものでした。今の選手はそういう点では羨ましいですね。今は全てのメディアが味方で、最近では弁護士もついています。そういった点では、球団で契約交渉に当たる人たちは大変だろうと思います。私は、今の選手には、お金に対するハングリー精神は横に置いてほしいと思っています。お金に対するハングリーさには限界があります。ある程度お金をもらうと、それまでにあった前に進む気持ちが萎える面もあると思うのです。だからこそ、私は選手たちに「野球そのものにハングリーであれ」といつも言っています。私の場合は、「打つことにハングリーであれ」ということになります。現役だったとき、ノートに書いていたのは「こうしたらもっと打てるようになるのではないか」「しっかりボールを見ろ」「足を使って打て」など、いつも同じ、堂々巡りでした。目先の結果を求めるあまり、ついつい以前書いたことを忘れてしまうのです。後で読み返してみると「また同じことを書いているな」となるのです。しかし、それぐらい必死でやっているのです。12.人生を円の形で考える私は、人間というものは円を描きながら生きているものだと考えています。春夏秋冬と季節も移っていきますし、1年で考えても1月から12月へと時が進んでいきます。成績が良い時、私たちは時が止まってほしいと思うのです。調子が良いと思っていたのに、2、3日すると調子の良い状態がどこかに行ってしまうのです。ですから、私は「調子が良い時も悪い時もそこで止まることはない」といつも思うようにしています。選手たちにもそういう話をしています。調子が悪くてもあまりがっかりすることもないのです。いずれ調子が良い時が巡ってくるのです。このように円の形で考えることで、思い悩むことが少なくなりました。以前だったら、「ここまでダメならもう上には行けないのではないか」と思いましたが、今では「巡り合わせが悪いだけだから待ってみよう」と自分を追い詰めることはなくなりました。私は、もう一段高いところで悩みたい、常に次のステップへ進みたい、という思いでやってきました。プロというのは決して楽しい人生ではありません。しかし、私はこういった考えのもと、やりがいのある野球人生を送ることができ、大変良かったと思っています。13.おわりに最後になりますが、今は少子化もあって、子供の野球人口が減っています。ですから、何とか子供たちに野球をする経験を積ませてあげたい、そうした運動をもっと広げていきたいと考えています。特に今年はオリンピックが開催されるということでスポーツの機運が盛り上がりますので、今が一番良いチャンスではないかと思います。また、今年は福岡ソフトバンクホークスの日本シリーズ4連覇を目指して頑張りたいと思います。そして、巨人と是非もう一回日本シリーズで対戦したいと思います。ホークスが巨人に4連勝した昨年のようにはいかないでしょう。本当の意味での勝負は今年だと思います。ご清聴ありがとうございました。講師略歴王 貞治(おう さだはる)福岡ソフトバンクホークス株式会社取締役会長1940年、東京生まれ。一本足打法により、読売巨人軍で活躍。13年連続本塁打王、2年連続三冠王を経て、1977年には本塁打世界記録を達成。通算安打2786本、打率3割1厘、本塁打868本。引退後、巨人・ホークス(ダイエー・ソフトバンク)監督。2009年1月、福岡ソフトバンクホークス取締役会長(現職)。1977年、日本初となる国民栄誉賞を受賞。2010年、文化功労者。 ファイナンス 2020 Apr.61職員トップセミナー 連載セミナー

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