ファイナンス 2020年4月号 No.653
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を計算していますが、1週間や1か月でみたリスク量を計算することもあります。金融機関におけるリスク管理の実務では、この事例のように10年国債だけでなく、株式など他の資産との関係を考慮したり、正規分布以外の分布を使用するなど、多方面に議論が進みます。2.2.インプライド・ボラティリティ過去のデータに基づくボラティリティ(HV)をリスク量として用いた場合の問題点は将来の予測に関する情報が含まれない点です。例えば、現在、非常に安定的に金利が推移しているものの、今月末にこれまでに経験のない重要なイベントがあり、多くの市場参加者はそのリスクを感じているとしましょう。この場合、過去のデータは変動していませんから、HVから得られるリスク量は投資家が認識しているリスク量より低い可能性を有します。そこで投資家の将来の期待が反映されているオプションの価格をベースにリスク量を抽出するというアイデアが活きてくることになります。オプションの定義は、前述のとおり、例えば、今月末に150円で日本国債先物を買う権利です。現在の先物価格が150円である場合、もし月末に価格が151円であれば150円で先物を買うメリットがありますから、権利を行使することでプラスの利益がでます。しかし、もし仮に月末に価格が149円である場合、そもそも市場で先物を149円で買うことができるため、権利を行使する必要はなく、損益は発生しません。すなわち、オプションの買い手はオプション料を支払うことで価格が上昇した時のみ利益を得られる状況ですから、これはいわば価格上昇時の保険のような金融商品を買っていると解釈可能です。もちろん、オプションを売る側からすれば、このオプションを安く売ってしまったら、損をすることになりますから、リスクが高い状況ではオプション料を高くする必然性が生まれます。このように、オプションの価格は金利リスクに関す*9) ブラック・ショールズ・モデルはフィッシャー・ブラック教授とマイロン・ショールズ教授が導出したオプションのプライシングに関する最もスタンダードなモデルです。ショールズ教授はノーベル経済学賞を受賞しましたが、このオプション・モデルはその受賞理由になっています。ブラック・ショールズ・モデルの詳細はハル(2016)などオプションのテキストを参照してください。*10) Cox-Ingersoll-Rossモデル(CIRモデル)など正規分布を仮定しないモデルも存在します。*11) タックマン(2012)は「市場参加者は価格とボラティリティを結びつけるどんな標準的モデルを使うかについて合意を取ることにしたのである」(p.436)と指摘しています。*12) ブラック76モデルは、Black(1976)によって提案されたモデルです。ブラック76モデルの説明はハル(2016)を参照してください。*13) ブラック76モデルでは先物価格が株価のように対数正規過程に従うことを想定しています。これは先物価格が短期的にはランダムな動きをするという意味で現実的かもしれませんが、長期的には発散していくような動きを想定しており、非現実的な想定である可能性があります。例えば、Hull-Whiteモデルのように、長期的にみれば金利に平均回帰性を持たせたモデルが適切になってくる可能性などがあります。る需給の綱引きで決まるわけですから、オプションの価格が分かれば、その価格から投資家が感じている金利リスク量を推測することができます。このリスク量はオプション価格から示唆(インプライ)される金利リスク(ボラティリティ)であることから、インプライド・ボラティリティ(Implied Volatility, IV)と呼ばれます。IVは金利と同様、通常、年率で表示されます。実務的にIVを算出する際、ブラック・ショールズ・モデル*9など正規分布に基づくモデルを用いることがほとんどですが*10、この理由は実務家が正規分布を正しいと考えているからではありません。そもそも、実務家がオプションのプレミアムをボラティリティに変換する理由は、ボラティリティに変換したほうが直感的にわかりやすいからであり、これは市場参加者が債券価格ではなく、利回り(金利)に直して議論することと同じです。注意すべき点は、IVはモデルに依存しますから、各社が異なるモデルを使うとIVの解釈が難しくなる点です。そこで、市場参加者は国債先物からIVを算出する際、正規分布に基づく「ブラック76モデル」を標準的なモデルとして用いることにしたわけです*11。ブラック76モデルとは、フィッシャー・ブラック教授が1976年に発表した論文で提案されたモデルであり、通常のブラック・ショールズ・モデルにおける株価をフォワード価格へ修正したモデルです*12。金利モデルは多数ある中で、ブラック76モデルが用いられる理由は、多くの実務家にとってなじみ深いブラック・ショールズ・モデルとの類似性が高いことに加え、国債先物オプションの場合、その満期が短いことなど*13も挙げられます(国債先物オプションの商品性は後述します)。ちなみに、メディアなどでしばしば取り上げられる恐怖指数は正式にはVIX(Volatility Index)と呼ばれており、IVに基づき算出されています。最も代表的なVIXはS&P500など株式指数のオプションのIV40 ファイナンス 2020 Apr.SPOT

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