1はじめに*1国債市場において金利が上昇(下落)するかどうかは多くの人が知りたい情報です。もっとも、金利が上昇(下落)するかどうかだけでなく、金利がどれくらい大きく変動するかどうかも実は非常に重要です。ファイナンスの理論では、資産価格の変動性を「リスク(ボラティリティ)」と表現しますが、リスクは人々の投資行動やプライシングなど金融市場に多面的な影響を与えるがゆえ、これまで膨大な研究がなされてきました。金利の変化に伴うリスクを「金利リスク」といいますが、本稿では国債の有する金利リスクについて、特に日本国債先物オプションと呼ばれる金融派生商品(デリバティブ)との関係で議論を行います。オプションとは事前に特定の値段で国債などの資産を買う(売る)権利を指しますが、オプションを知る必要がある最大の理由は、オプションを通じて市場参加者が現在考えている金利リスクに関する情報が得られるからです。読者の中には新聞などで「恐怖指数」をみたことがある方もいるかもしれませんが、実はこの指標はオプションの価格からリスク量を抽出することで構築されています。本稿では、オプションの中でも特に、先物オプションに焦点を当てます。服部(2020a,b)では国債先物が取引所取引であることから高い流動性を有する点を強調しましたが、オプション市場についても同じことがいえます。流動性が低いオプションから金利リスク*1) 本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。財務省や日本取引所グループ等、本稿につき、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げます。*2) ハル(2016)でも、「なぜ現物オプション取引より先物オプション取引が、選択されるのであろうか。その主な理由は、先物契約は多くの状況において原資産より流動性が高く、取引しやすいからである」(p.602)と指摘しています。*3) 筆者の知る限り金利水準そのものを用いて標準偏差を計算することはありません。株価や為替など他の資産についても収益率に変換してから標準偏差を計算します。量を算出しても、市場全体の意見を反映しているとはいえません。日本国債先物オプションは取引所に上場しているがゆえ他の円金利に係るオプションに比べ相対的に流動性が高く、そこでの価格形成から得られるリスク量に多くの投資家の意見が反映されるのです*2。本稿では日本国債の恐怖指数に相当する日本国債VIXについても紹介しますが、同指数は日本国債先物オプションに基づき算出されています。筆者の意見では、市場業務に係る政策担当者にとってオプションの情報は有益です。例えば、日本政府は債務管理を行う上で、金利急騰リスクを把握する必要がありますが、オプションから得られるリスク量は簡易的に金利上昇リスクをモニターする手法になります。実はオプションやボラティリティはそれだけで1冊の書籍が書けるような内容ですが、本稿では政策担当者や市場参加者が最低限押さえておくべき点に絞り、解説を加えている点が特徴です。2オプションとリスク(ボラティリティ)の関係2.1.金利リスクとは実務で最も多く用いられる金利リスクの算出方法は金利変化の標準偏差(σ)を計算する方法です。例えば、10年国債の金利リスクを計算するため、10年国債の金利データを過去1年分取得したとしましょう。そのデータを用いて、1営業日ベースでの金利変化に変換*3し、標準偏差を計算した結果、その値が0.1%国債先物オプション入門―オプション市場からみた 金利リスクについて―財務総合政策研究所 研究員 服部 孝洋*138 ファイナンス 2020 Apr.SPOT
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